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狂信の中で彼女を守ったものは――『乙女戦争 ディーヴチー・ヴァールカ 5』

なんだか立て続けに自分の論文の執筆とか紀要の編集とか作業がたくさんあって(前々から締め切り続きでと言ってる気がしますが)、読んでおきたい学術書もあったので、しばらく更新が途絶えました。
再開となる今回はこちらの漫画を取り上げさせていただきます。
チェコの歴史に伝説を交えて独自にアレンジした漫画『乙女戦争』の5巻です。


 (前巻の記事

前回でヴィシェフラト城を陥落させたフス派ターボル軍。シャールカも助かって回復していました。
しかし、神聖ローマ皇帝ジギスムント率いる十字軍も攻勢の準備を進めています。

そして今回は、戦いが続く中、黒死病(ペスト)で療養していたシャールカの親友・ガブリエラが帰ってきます。
エデンの園で暮らしていたアダムの姿に回帰し、全裸での生活を主張する「アダム派」の一員となって……

乙女戦争5巻1
 (大西巷一『乙女戦争 ディーヴチー・ヴァールカ 5』、双葉社、2015、p. 42)

皆裸で「ミサ」とあればその結果は……言うまでもありますまい。
アダムとイヴの時代への回帰を主張する彼らにとって、財産はもちろん妻も「共有」するものなのです。

乙女戦争5巻3
 (同書、pp. 60-61)

乙女戦争5巻4
 (同書、p. 74)

マニアックな歴史考証をエロスに活用する本作の面目躍如でしょうか。

カリスマ的なリーダーに率いられ、神の御許での復活を信じて死も恐れない彼らは強い味方になります。

乙女戦争5巻2
 (同書、p. 40)

しかし元々宗教的信条の著しく異なる過激派、しかも彼らを率いる「アダム」は自分が神の声を聞くと信じているので、暴走して集団内に亀裂を生じさせる元になるのは必定。

乙女戦争5巻5
 (同書、p. 76)

そんなわけで、今回は十字軍との戦いよりもフス派の内ゲバが話の中心になっていました。
しかも、内ゲバそのままは次巻も続きそうです。
それは最終的には、フス派内部でのジシュカの排除に向かうところまで……
読者としては最終的にフス派が鎮圧される歴史の結末を知っているということもありますが、少しずつ破局と物語の結末が見えてきた気がします。

そんな中、シャールカは親友のガブリエラと一緒にいることを選んでアダム派に加わりますが、(1巻冒頭で)強姦を受けたトラウマから、乱交には加わることができません。

乙女戦争5巻6
 (同書、p. 62)

あるいはこのことが、彼女を守る一線となったのかも知れませんが……何がどう作用するか、分かりません。
もっともガブリエラも乱交を強要するわけではなく、むしろシャールカが男を怖がっているのを知って、救いたいと言うのですが……

シャールカとガブリエラ、本当に苦しんでいたのはどちらなのか、お互いに救わんとしていたのは、そしてそれは叶うのか――お互いを救わんとする少女たちの純真がすれ違っての悲劇は今回もハードです。
いや、ガブリエラは物語初期からのメンバーで、シャールカとの付き合いも相対的に長いですし、今まで辛い目に遭っても守ってくれる仲間のいたシャールカにとって親友との対立という悲劇の重さは別格です。その上、希望を見せておいての暗転という展開もあり(悲劇としては王道ですが)、これまでにも増して過酷な巻だったと言っていいかも知れません。

ガブリエラは元々優等生タイプで、性に関しても精神的に幼いがゆえに無防備な感じのシャールカよりもしっかりしていそうな印象だっただけに、そんな彼女がこんなカルト的一団に取り込まてこんなことになるなんて……という衝撃も、読み終えたところで振り返ると改めて感じるものがあります。
ただ、本作で描かれるアダム派はカリスマ的指導者、薬物使用、いかがわしい儀式、そして暴走の果てに……と、現代においても見覚えのあるカルトの典型的なイメージに沿っており、その分われわれにとってもある意味で身近な怖さがあると同時に、長持ちしないだけの浅さも見せていた感もあります。
むしろここで見せ付けられたのは、カルトに嵌る人間の心理でしょうか。
教義の内容自体はさほど重要ではなく、心の隙間を埋めるものを求めている時に出会ったしまったことが全て――

それはターボル軍に属しているシャールカも同様……なのかというと、これが微妙なところ。
彼女はこれまでにターボル軍を抜けるという選択肢も与えられながら、、少女兵として戦い続けることを選んでいます。理由としては力を求めて、あるいはジシュカを頼むというミクラーシュ司祭の遺言を守って……
それが特定の仲間への依存感情といったものといくぶん違って見えるのは、彼女にとっては故人であるミクラーシュの存在が大きいからかも知れません。
「死者との共同」は生者の誘惑より強く、狂信と謀略の渦巻く中で彼女に強さを与え導いている、のか――

ただいずれにせよ忘れてはならないのは、アダム派に限らず各勢力はそれぞれに宗教勢力であり、宗教戦争は未だ継続中だということです。
今回はターボル派のプロコフ司祭もまた、必要とあればローマ・カトリックと同じく苛烈な異端審問をも厭わぬ恐ろしさを備えた人物であることを見せました。しかも一時の暴走でなく、政治的に計算高く振る舞う強靱さも併せ持っています。

近代の夜明けとなったこの戦争の行方、そしてシャールカの運命を見守らせていただきましょう。


なお、相変わらず巻末の解説で詳しい歴史知識と、どこまでが史実でどこからがフィクションかをきちんと説明している親切仕様
その辺も安心です。


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Author:T.Y.
愛知県立芸術大学美術学部芸術学専攻卒業。
2012年4月より京都大学大学院。

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