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根本設定と相性が悪いと…――『MOE―召喚しませ! おとめなえいたんご』

例年、うちの研究室では博士後期課程の二回生が紀要の編集委員を務めるならわしです。
というわけで、私も現在編集作業に関わっているところです。
実は自分の論文原稿、研究発表の準備なども立て続けにやらねばならないことが重なっていて、かなり忙しくなっています。
まあテキストをいじるのは好きですし、編集作業程度なら大した労力ではないのですが。

 ~~~

さて、今回取り上げるライトノベルはこちらです。



作者の旭蓑雄氏は昨年電撃文庫から『レターズ/ヴァニシング』でデビューした作家で、今作が第二作となります。

本作の舞台は2050年、「萌え」が「二〇四〇年代に多くの神経学者や心理学者の議論の場とな」ったとかいう設定(p. 11)もあり、第二次擬人化ブームを迎えています。
本作の主題となるのは英単語を擬人化した英語学習ゲーム『えいたんご☆ますたあ』。主人公の小島映太郞(こじま えいたろう)を初めとする主要登場人物はこのゲームの中でもexplodeというキャラ(設定年齢11歳の幼女)の熱狂的ファンで、目当てのexplodeを手に入れるためヴァーチャルオンライン版の世界で謎を解き、戦い、冒険を繰り広げる……というのが主なストーリーです。

本作の眼目は何といっても、ゲーム中のクエストに登場する謎解き――暗号解読です。
この暗号は非常に凝っていて感心はさせられます。
もっとも、複雑すぎる上に途中のステップは情報が出てくるなりすぐに答えが出ることも多く(さすがに最後の答えは、情報が出揃ってから解答編までしばしの間がありますが)、読者は置いてきぼりになる可能性も高い代物ですが。作中では「暗号と気付かれない暗号」の話題も出ていますが、実際にはゲームのクエストとしてそこに解くべき謎があるのは明らかな上、暗号を仕込んである場もいかにもわざとらしくて、最初からいかにもな謎があったものが解かれただけ、「そこにそういう意味があったのか」というカタルシスが弱いのも一因かも知れません。

作中では高度な議論の対象になっているという「萌え」の扱いもあまりこだわりがあるようには見えません。
たとえば、

 萌えは闘争と切り離されなければならない。そう言った人は誰だったか。
 萌えを闘争の中に置いてはならない。なぜなら萌えへの期待感を、人は闘争による高揚感と誤解してしまうからだ。結果として手段が目的へとすり替わり、萌えのための闘争が、闘争のための闘争、殺戮のための殺戮への姿を変える。
 これはMassacre On Ecosystem――“生態系に刻まれた殺戮”と呼ばれ、頭文字を取ってMOEと表された。なるほど、これは萌のもたらす恐ろしい一面であることに違いはない。
 萌えは集合の意識を統率し、ときに功利主義(ベンサム)めいた快楽への免罪符を与えることもある。
 (旭蓑雄『MOE―召喚しませ! おとめなえいたんご』、KADOKAWA/アスキー・メディアワークス、2015、p. 11-12)


これだけ読んだ時点で作者のこだわりは「萌え」よりも言葉遊びの方なんだろうと容易に察せられますが、それにしても(萌えとの繋がりを抜きにしても無理のある英語句はさておいても)「萌え」という語の一般的な用法にほとんど繋がりの見えないこの一連の文章はどうなのでしょう。
功利主義と快楽主義はまるで違うのに、なぜこの文脈でベンサムの功利主義が出てくるのかとか、余計なことばかり気になってしまいます。

 ぼくはいつか、萌えについて研究したある学者の本を読んだことがあった。
“この本にはあなたの知りたかった萌えの全てが書かれている”
 そう銘打たれた本は、気合いされた内容に対して宣伝文句があまりにも誇大すぎたような気がして、強い怒りを覚えた記憶がある。
 しかしぼくはすでに、学者連中が難解な表現で煙に巻くだけで、きちんと説明できなかった萌を見つけだしていた。
 萌えとは彼女のことだ。
 (同書、p. 11)


本作の読者も主人公に対して、そっくりそのまま同じことを言いたくなるのではありますまいか。
この点に関しては、主人公たちの執心するexplodeが今一つ地味で、ユーザーをおちょくってばかりのゲーム案内役のメイド、ナビの方がいいキャラをしているのも拍車をかけます。

もちろん、主人公の「これこそ萌えだ」という主張がさっぱり空回りして読者に伝わらないのは、意図的なものだと思われます。笑いのネタとしてやっているのあり、主人公はズレや人物として遠くから眺めるべく設定されているのでしょう。
ただ、いまいち笑えないので、「あんなやつらと一緒にするな!」といい敵対勢力を罵倒する主人公の発言が何かと鼻につくのも事実です。
いつも言っていますけれど、文学は政治的に正しくないものを書いてもいい、だから差別的な内容で笑いを取ってもいいのです。しかし、それで笑えないと不快になるのは、当然のリスクでしょう。


――が、何より、私にとって最大のネックは、このゲームがさっぱり英語学習に有効そうに見えなかったことでした。
あらすじに、

 召喚された少女の能力と己の英語力を駆使して戦え! 萌えて英文法に強くなる、素晴らしきMMOライフへようこそ!


等とあるのは編集者の書いたことでしょうし、あまり責めますまい。
そもそも「萌えて英文法に強くなる」は「MMOライフ」にかかっていて、つまり本作中でのゲーム『えいたんご☆ますたあ』のことなのでしょうけれど、あらすじの最後にあることで『MOE―召喚しませ! おとめなえいたんご』という小説そのものの売り文句であるようにも見えます。
が、「学習本」たろうとして「小説」作品の作りをそれに合わせたものに良作がないのは周知の事実、むしろそうなっていないのは幸いなことでしょう。

ちなみに本作には「英文法」の要素はほとんどありません。暗号は文法にはほぼ関係ありませんし。
ゲームの基本となるバトルシステムは、プレイヤーキャラ(名詞のスキルを与えられる)がパートナーとなる擬人化された単語キャラ(動詞、形容詞、あるいは副詞)を率いて、文章を作ることで効果を発揮するという単純なもの。たとえばパートナーの単語キャラが「explode(爆発する/させる)」であれば、「(プレイヤー)は(相手)を爆発させる」で攻撃できるというように。
しかも、作中で実際に使われたのは第一文型(SV)と第三文型(SVO)だけではないでしょうか。ある動詞が自動詞(第一文型)でも他動詞(第三文型)でも使えるくらいのことで「なんてためになるゲームなのかしら」と言われても困ります。

問題にしたいのは、この小説が学習本として有効かどうかではなく、作中で学習用に開発されたという設定のゲームが有効そうに見えるかどうかです。

そもそも、単語を擬人化するという発想に疑問があります。

難関と言われる大学入試が要求する習得単語数が6000程度、しかもそれでは実践には役に立たないということを考えると、2000という数字も、キャラクター数としては破格に多いけれども単語数としては心許ないもの。まあ擬人化キャラクター以外にプレイヤーのスキルやアイテムとして扱われている単語も多いようですから、その総数にもよりますが。
ただいずれにせよ、一つのゲームのキャラクター・アイテム・スキルの総数が6000以上もあっても、誰も全貌を把握できないのはもちろんのこと、使わないものには見向きもしないのが普通でしょう。つまり、そうやって単語に役目を割り振り、しかも主人公たちのように特定単語に偏執狂的に執着する人物を生み出すことは、語学学習においてプラスとは思えないのです。

だいたい単語というのは文章の中で、文脈に応じて意味を持つものです。各単語を切り離してゲーム固有の特性を与えることは、むしろ言葉へのアクセスから遠ざけます。

「ぼくが他の単語と話しているのは、彼女たちの特徴を押さえておきたいからなんだよ。そうすることが暗記にとても役に立つんだ。英文の中の単語を読むとき、最初にぼくの頭の中には彼女たちの顔や声が浮かぶ。そして次に、単語の意味を思い出すことができる。(……)
 (同書、p. 22)


こんな風に余計なイメージが介在しても、邪魔になるばかりでかえってその文の中でのその単語が持つ意味が見えなくなるところしか想像できません。

単語帳というのは、受験生の不安に嵌る商売なのだと思っています。
試験では辞書なしで問題文を読まねばなりません。もちろん、入試に出る単語の範囲は限られていることは周知のことですが、何とかその範囲を手っ取り早く網羅的に身に付けたい――という欲望と、もし覚え漏らしたものがあったら――という不安に駆られている受験生にとって、「試験に出る英単語を網羅!」等々と謳う単語帳は、つい飛びつきたくものなのです。

しかし実際には、単語を文章から切り離して一つ一つ覚えるというのはとても非効率的で、非実践的です。
もちろん単語帳には文例くらいは付いていますが、やはり短く切られた、面白くもない文の寄せ集めである時点で事情は本質的には変わっていません。
このゲームも「こんな形にしてくれれば覚えられるかも」という学習者の縋る思いにつけ込んでいるだけの非実用的なものにしか見えないのです。

一例を挙げると、本作の主人公が最初に与えられるスキルが「inflection」(屈折)です。
inflectionといったら曲用(屈折、語尾変化)じゃないか――という私のような文法マニアは少数でいいとしても、「屈折」するのは物であることも波動であることも、はたまた言葉であることもあり、また比喩的な意味のこともあります。
しかしゲーム中では、それは「光の屈折」という特定のスキルに落とし込まれてしまいます。仮にレベルアップでこのスキルの種類が増えるのだとしても同じことで、ゲームのシステムにより限定された特定の意味に絞ることは、inflectionという言葉の広がりへのアクセスを阻みかねません。

百歩譲って、主人公たちがこのゲームの熱狂的ファンだというだけならそれで良し、主人公が実際かなり英語ができるらしいのも、彼に能力があったということで認めることもできます。
しかし『えいたんご☆ますたあ』は(おそらく大手の)予備校が開発して「日本の学生の英語学力は急上昇」するのに貢献、文部科学大臣賞まで受賞したという誇大広告じみた設定があるのですから、フォローのしようがありません。


まあ、人は自分の専門分野に関してはこだわりも多く口うるさくなるもの。
語学学習というのは私の専門分野といってもいいくらいのものですから、相性が悪かったと言っておきましょう。

そもそも上のような問題は、「擬人化された英単語」とあらすじにある時点で、本文を読まなくても分かっていたことであり、私は最初から分かっていたことを読んで確認しただけなのかと言われると、まあ返す言葉もありません。それでもどんなものか見て一言言っておきたい思いはあるのです(一言どころじゃありませんでしたが)。





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Author:T.Y.
愛知県立芸術大学美術学部芸術学専攻卒業。
2012年4月より京都大学大学院。

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