オタクと形而上学(旧:山中芸大日記)
愛知県立芸術大学出身のある学生によるブログ。
彼らはどこに帰属する――『戦うパン屋と機械じかけの看板娘 3』
本シリーズが『このライトノベルがすごい! 2016』で20位にランクインしたのはつい先日のことですから、刊行はその前に決まっていたことと思いますが、そこにランクインも重なり(と言っても微妙な位置ではありますが)、順調そうで何よりです。
今気が付いたのですが、HJ文庫の場合、AMAZONの書籍版と電子書籍のページが直接リンクしていないのでしょうか。というわけでKindle版はこちら↓
(前巻の記事)
今回、「機会じかけの看板娘」スヴェンはパン屋「トッカーブロート」のさらなる営業拡大を狙って、隣町サウプンクトへの出店を狙います。
しかし、そこに「偵察」として出張販売に出かけた時に、付いていったジェコブが大商人シャイロックと出会ったことが彼の運命を大きく変え、それはトッカーブロートにも影響してきます。
かくして思いがけず、シャイロックの傘下のライバル店と対決という事態に。
しかもここに、パトロンとしてのシャイロックを狙うワイルティア公国公宮の親衛隊が絡んできて、事態は一気にきな臭いことに――
そんなわけで、今回は表紙にも登場したジェコブが物語の中心になる回です。
ルートがオーガンベルツにやってきてパン屋を回転して最初の友人、レギュラーメンバー中では最年少(機械であるスヴェンの実年齢を考えれば別ですが、まあ外見年齢では)ながらませたしっかり者でなかなかいい性格をしていて、また母親が元娼婦で戦時中にワイルティア軍人との間に生まれた子供――と背景も色々複雑なものがあった彼ですが、すでに1巻で祖父が事件に絡んだりして重要なポジションになっていたこともあり、本人にスポットが当たるかどうかはあまり確信がなかったので、嬉しい限りです。
そもそも今日日のライトノベルだと、主人公ばかりは女の子で固めておけ、という空気が強いのか、こういういいポジションを占める少年キャラ(しかも可愛い)は珍しいような。
そもそも1巻冒頭の初登場シーンで、「この店が流行らないのは……ルート、アンタの顔が怖いんだよ!」と指摘、ウェイトレスを雇うようにアドバイスしていたのも彼でした。
「いいかいルート、この町は小さいながら鉱山の町だ。むさい男なら山ほどいる。売るほどいる。腐るほどいる。そんな男たちの前に、見目麗しきウェイトレスがパンを手渡す! これ以上の客引きは無いよ!」
たしかにオーガンベルツは鉱山の町――のわりには周辺産業というか、飲食店は少ない。
あってもやる気が無いくらいまずい店ばかりだ。
「雇うのは女の子、これは譲れない! できればフリフリのエプロンドレスなんか着せちゃって! おおっ、考えただけで興奮してきたぁっ!」
両腕を振り上げ、役者のように自分の明暗に酔いしれるジェコブを見て、ルートはつぶやく。
「前々から思っていたんだが……オマエもしかしてスパリア人なんじゃないのか?」
(SOW『戦うパン屋と機械じかけの看板娘』、ホビージャパン、2015、pp. 27-28)
という気さくな喋りに、ラテン系のノリを疑われるくらい、この年にして女の子に目がない性格。
他方で2巻では、ライトノベル主人公の例に漏れずモテるものの反応は鈍いルートを「だめだこりゃ」と冷静に見ていたりと(ヒロインたちが争っている中で一番冷静)、本当にいいポジションを押さえていました。
他方でそのアドバイス通りにウェイトレスを雇った成果からも分かるように、そのセンスは大したもの。今回など、出張販売に出た際の手際の良さに、スヴェンにこの年とは「思えない……」と呆れられるほど。
そんな彼ですが、今回は渦中に巻き込まれて怯えたりと、子供らしい面も見せてくれます。
他方で彼の父親側の素性が判明。祖父と父と、揃って相当な大物だったようで、本人も将来大物になりそうです。
とにかく、あらゆる方面でジェコブの魅力をたっぷり見せてくれた回でした。
それから、改めて今回の表紙を見ていただきたい。

ドレスの裾だけ見せて画面外に走り去る人物――と、さり気なく気になる構図になっています(画面の片側に偏った人物配置とか、今までにもそういう要素はありましたが)。
ちなみにこの走り去る人物はスヴェンと同じ元猟兵機AIのアンドロイドであるレベッカです。
今までスヴェンとルートの監視役として、表舞台には出てこなかった彼女ですが、実は特典やWebの短編では主役を張っていました。
戦うパン屋と機械じかけの看板娘 レベッカ・シャルラハートの監視報告
今回、そんな彼女もジェコブの件に絡んで活躍を見せます。
ストーリー的にも落としどころは比較的容易に予想できるのですが、それでも色々と絡み合った各要素が綺麗に収まって、途中の見せ場も十分で、実に良い読後感です。
何より今回は、猟兵機「アーヴェイ」に戻ったスヴェンとパイロットのルートが敵の猟兵機と戦うロボットバトルもあり、ルートがエースパイロットだったことを納得させる強さを見せてくれます。
パン屋としての営業対決にロボットバトル――「元軍人でエースパイロットからパン屋に転職した男の物語」という本作の要素が詰まった一冊で、たっぷり楽しませていただきました。
さて――かなり分かりやすく書いているのだろうと思いますけれど、シャイロックと言えば、シェイクスピアの『ヴェニスの商人』に登場するユダヤ人の悪徳高利貸しの名前です。
本作のシャイロックも銭ゲバの悪徳商人と名高い男で、「ドガ族」という異民族の出身――という設定を見れば、そこに示唆されているものは言うまでもありますまい。
加えて、今回の敵はワイルティア公宮の「親衛隊(シュッツシュタッフェル)」(目次ではご丁寧にルビを振ってあります)、なのですが、「親衛隊(Schutzstaffel)」、略してSSといえばナチスの組織名であること、周知のことでしょう。
復習しておきますが、本作のワイルティア公国はは史実のドイツ帝国と異なり、猟兵機というオーパーツ兵器の力で大戦(第一次世界大戦に相当)に勝利し、革命で共和国になることもなかったという設定なので、ワイマール体制下の苦境とヒトラーの台頭はないでしょうし、過去の歴史も色々と異なるようですが、当時の情勢を思わせるところは随所にあります。
そして、国際連盟に相当する「世界連盟」の結成と軍縮条約の締結もあったようですが、ここがポイント。
削減された軍事費と、三十万の兵は、そのまま親衛隊に編入された。
親衛隊の任務は、公王と、その私有地の警護。
あくまで公王個人の私兵でしかないという名目で、ワイルティアは表向き削減した軍備を、そのまま保有し続けたのだ。
(SOW『戦うパン屋と機械じかけの看板娘 3』、ホビージャパン、2015、p. 36)
かくして今やワイルティアの政情においては、正規軍と(その傘下に属さない)親衛隊の対立が深刻な問題になりつつあります。
だいたい、こうやって管理できない組織が暴走するのは危険な兆候です。
今回の事件も、そんな政治的文脈により起きた事件でした。
そして、この件自体が民族弾圧というわけではないものの、親衛隊のヒルデガルドが露骨にドガ族を見下す人物であるのを見れば、民族問題もここに重ねられているのは容易に分かります。
そんな中でシャイロックは、まずはトッカーブロートに対立する敵役として登場しますが、銭ゲバ商人と悪名高かった彼の素顔がまた味わい深いこと。
現実においても大富豪にはユダヤ人が多く、またそれが軋轢の火種になってきたのですが、しかしそれは、金がなければ立ち行かないことがたくさんあるからではありますまいか。
そして、離散の状態にある彼らはどこに帰属しているのか。
たとえ差別を受け続けても、やはり自分の生きる国に抱く帰属意識はあるでしょう。
移民の二世くらいは一番帰属意識に悩むようですが、裏を返せば三代も定住すればもうその地の人です。
そんなシャイロックの想いを通して、今回も国家と民族の問題をきっちり描いてくれた作品でした。
さて今巻の悪役であったヒルデガルドも、いかにも下衆な小物という描写でしたが、それがかえって彼女ばかりのせいにはできないものを感じさせます。
裏にはもっと深い政治的確執と、大きな闇があります。
未だ正体不明な親衛隊の「伍長」が今後恐ろしい敵として立ちはだかりそうな気配を見せたので、ワイルティア本国の政治的対立を巡って、これから親衛隊が敵になっていくのでしょうか。
他方でスヴェンたちを開発したダイアンは、政治には興味がなく、ただ研究者としての興味からAIの成長を見守っており、むしろ今巻の展開で彼が敵になる展開はさしあたり回避できた感がありますが、しかしそんな彼の知的好奇心が今後スヴェンに何を求めるかは分かりません。
今後どう転ぶのか、楽しみです。
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かつてない喪失に対処法は見えるのか――『戦うパン屋と機械じかけの看板娘 4』
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