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設定の整合性を破る怪異――『異世界妖怪サモナー ~ぜんぶ妖怪のせい~ 2』

年末年始と出かけていたせいもありますが、随分とブログ更新を怠ってしまいました。
放置していたせいかグリムスも萎れ気味です。

グリムス2016年1月4日

 ~~~

それはそうと、今回取り上げるライトノベルはこちら、『異世界妖怪サモナー ~ぜんぶ妖怪のせい~』の第2巻です。


 (前巻の記事

本作はいわゆる「剣と魔法のファンタジー」世界に飛ばされた主人公が、自分の世界から妖怪を召喚して戦う話――ですが、むしろ妖怪に自分が振り回されたり、はたまた妖怪の力でピンチを脱するもそれが脱力するような展開だったり……というコメディ作品です。
今回はいきなり魔王軍との決戦から始まりますが、主人公・琥珀が召喚した巨人妖怪・手洗鬼(てあらいおに)いきなり魔王を城ごと潰してしまいます。
魔王が滅び、魔王軍との戦いがなくなったがゆえに冒険者ギルドの新規採用も打ち切り、相変わらずの無職生活を続ける琥珀たち。(ちなみに、そもそも正規の冒険者でないものに勇者の称号は出せないということにより、)

戦争で儲かる人もたくさんいるのは事実、魔王を本当に倒してしまったら色々と不都合がある……という着眼点そのものは今となっては珍しいものではありませんが、さすがにうっかりで魔王を倒してしまうのは管見の限りでは見たことがありません。

そんな中、ヒロインのライカお見合い話が来て、それから逃げるべく琥珀は彼女と駆け落ちすることになります。
しかし、妖怪の仕業と思われる事件が続発、琥珀は指名手配されることに。ただ、それは本物の妖怪なのか? という疑念も……
さらに琥珀が魔王の残党からも勧誘を受け、「魔王妃」エリダから求婚を受けるという事態もそこに重なって、状況は昏迷を極めます。

さて、繰り返しますが本作の舞台となる「ファンタジー世界」は、主としてここ数十年間に描かれてきたサブカルチャー作品のイメージに基づいているのに対し、「妖怪」は前近代からの歴史を持つ伝承(場合によっては近代の妖怪図鑑などの設定も上書き)に依拠しています。決して「西洋のモンスターと日本の妖怪」という対置ではありません。
つまり、それが語られてきた歴史の厚みも言説の水準もまるで違うものが介入してくるというアンフェアさ、言うなればアニメに実写の人物が登場するようなズレこそが、本作の見所です(だから、アニメ絵の人物の一方で章間の妖怪図鑑は伝来の妖怪絵巻の類の絵柄を踏襲しているイラストは正解です)。

今巻は作者自らあとがきで、このズレを「ノンフィクション」と「フィクション」の違いという明瞭な図式で説明しており、だからその点について私がそれ以上解説することもありません。
ただ、それに基づいて一つ言っておくならば、「フィクションにおいては、設定は一まとまりのものとして、辻褄が合っていなければならない」ということです。
辻褄が合わない作品も多々ありますが、それは基本的には「瑕疵」と見なされますし、たとえ細部に矛盾があっても、設定の全体には何らかのまとまりが要求されます。
「王」に配下がいなかったり「最強」より強い奴がゴロゴロいたりしては話になりません(そうなってしまった場合には、王は失墜して配下を失ったのだとか、「最強」はある限られた範囲内での最強に過ぎなかったとか、後付けでも何でも何らかの説明が求められます)。

これに対して、妖怪は「誰かが怪異を体験した」というところに基づいています。そこにおいて、ある体験と(しばしば他の誰かによる)別の体験の間に辻褄が合っている必然性はありません。
伝承妖怪ではありませんが、それをきわめて優れた形で描いたものとして、映画『となりのトトロ』があります。
なぜトトロが人間のバス停でネコバスを待たねばならないのか、一体それでどこへ出張するつもりだったのか、そもそもコマで飛ぶこともできるしネコバスは呼び出せるんじゃないのか――そんな疑問を持ち始めれば、整合性はまったくありません。
あれはあくまでも、「人気のない夜のバス停で待ち続けていたら隣に何かがいた」という主観的な怪異体験です。怪異にとってはその「現れ方」が全てであって、「体験されていない時に怪異は何をしているのか」と考えても無駄です(そう考えるならば怪異は幻想であると言ってもいいのですが、ただし『トトロ』の場合、木の実のお土産などの客観的な物証を残していくところに主観的体験と客観的存在の間の侵食があり、それが終盤ますます顕著になっていくのが作品の味なのですが)。

もちろん、妖怪が「ノンフィクション」であっても、それを物語の要素として用いるならば、再び何らかの物語としてのまとまった体裁の内に回収されてしまうという面はあるのですが。
そもそも当今の「異世界召喚」ものにおいては、召喚された主人公が召喚先の世界の世界観や設定に縛られないものを持ち込んで活躍する、というパターンがありふれています。本作『異世界妖怪サモナー』もその延長上と言えます。もちろん、全体のストーリーにも一貫した流れがあり、落としどころがあります。
また、妖怪は誰かの体験を出発点とすると言いつつ、本作においては全く客観的に存在しています。
ただしこの場合、「召喚先のファンタジー世界の世界観」と「主人公の元いた世界の世界観」の対等な対決ではなく、「主人公の元いた世界」からやって来る妖怪同士の間でも辻褄を合わせる必要がない、というのが味噌です。
整合性を気にするならば拙いんじゃないかと思われるような、強力すぎる妖怪や便利すぎる妖怪がいても、気にする必要はありません。

今巻には妖怪の偽物が登場しますが、彼らは元祖の妖怪よりも洗練された姿で、「妖怪として」の統一された意志の下で行動します。
本来の妖怪との対比で「フィクションとして統一された世界観に組み込まれた妖怪」を描くというこの試みも、なかなか巧みであったかと思います。
――そう、「妖怪とは元々どんなものであるか」と「現代のフィクションで妖怪がどう扱われているか」の両面を対比的に扱ったというのは、本作の大きな特徴の一つになりました。

そんな妖怪のせいでかき回される様子を描きつつ、今巻は前巻よりもストーリー性があり、また恋愛要素も増しています。
ライカにエリダ、それぞれに望まぬ結婚を求められるヒロインたちがいて、さらに三つ巴、四つ巴の勢力関係がっての危機も、そこまでに出してきた妖怪とこの世界観との設定を上手く絡めて解決。入り組んだ諸要素がそれぞれに活きてきて(中には本当に無意味な妖怪もいますが……)、ろくでなしに対して溜飲の下がる展開もあり、琥珀とライカの仲も進展して良い読み味でした。
相変わらず下ネタが多く(妖怪の考証として間違ってはいません)、くだらない掛け合いが軸でふざけたノリでありながら話も上手く着地するこの構成、なかなかのものです。


今回も新規の妖怪は色々登場、章間の妖怪図鑑が親切ですが、目立って出番が多いのは猫又トラ。カラー口絵では猫耳と2本の尻尾がある美少女の姿ですが、本文の記述を見る限りこの姿への変身はありません。
しかも、猫らしく忠義心に乏しいので余計に事態を混乱させてくれます。

そんな彼女が1巻からのレギュラーであるタヌキのヤエと喧嘩する掛け合いが結構な紙面を取っているのですが、さて「タヌキとネコの喧嘩」というと思い出すのは『どきバグ』だったり……(あちらは作者と担当編集のオザワ君ですけど)

それから、ぬらりひょん。今やこの妖怪が元は海坊主の類(本来はクラゲのようなものでしょうか)であり、「家に勝手に上がる」とか「妖怪の総大将」とかいう設定が昭和の妖怪図鑑によるものであることも知られるようになってきましたが(『ぬらりひょんの孫』のようにその全てをそれぞれ異なる水準で取り込んだ作品もありました)、本作の場合は本当に「ぬらりくらりとして捉え所がない」という原義に忠実。忠実に書くとこうなってしまうのか、というくだらなさに笑わせていただきました。


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T.Y.

Author:T.Y.
愛知県立芸術大学美術学部芸術学専攻卒業。
2012年4月より京都大学大学院。

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