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「事件」が規定される時

今日は京都では(おそらく)今年初の雪が降りました。
朝見ると、一気に5~10cm以上積もっていて驚きました。
まあ、昼には大部分融けてしまうのですが……降るものも雨に変わりましたし。

猫は屋根の上で雪の積もっていない、そして降ってくるものの当たらないところに場所を取っていました。
そう言えば、猫は冷たいものを踏むのを嫌う割には、初雪の上に足跡を付けるんですよね、なぜか。

猫

山も白くなってちょっと綺麗です。

比叡山

 ~~~

さて、今日は毎月恒例『マガジンSPECIAL』の発売日でもあり、「絡新婦の理」コミカライズの第9話が掲載されました。



今回はさすがに順当に、前回の続きで益田青年(探偵助手志望)と増岡弁護士が中の京極堂を訪れます。原作第4章の後半に相当します。
まずは扉絵で軽く京極堂の人物解説から。

絡新婦の理第9話扉
 (京極夏彦/志水アキ「絡新婦の理」第9話『マガジンSPECIAL』2016年No. 2、p. 647)

なおこの直前に作品紹介のページがありましたが、それによると、

 この作品は、一見関係ない「二つの視点」で進む物語が、実は同じ一つの事件の輪郭を形作っていくという多重構造を持っている。(……)


「二つの視点」とは、千葉の学園における美由紀パートを中心にした「呪い」の話(織作家を訪ねた伊佐間パートもここに含むという記述でした)と、東京の木場刑事や探偵助手・益田たちが追うことになる「目潰し魔」の殺人事件です。
原作を最後まで見ると二つだけでなく、もっと様々な人物のところで同じ事件に関わる違う相貌が反復されていた感がありますが、ここまでの叙述の説明としてはきわめて適切かと思われます。

増岡弁護士が柴田財閥の代理として持ち込む、(美由紀パートで描かれてきた)千葉の聖ベルナール女学院での事件に関して、「学院を覆う不穏な気配を一掃したい」という榎木津への(正確には、「武蔵野連続バラバラ殺人事件を解決した人たち」への)依頼。
他方で、益田が探偵助手として受けた、失踪した夫を捜してほしい、目潰し魔殺人に関わっているかも知れない、という依頼。

一見するとスケールからして異なっていますが、聖ベルナール女学院の女教師・山本純子が目潰し魔に殺されており、また益田の依頼人である杉浦女史は織作家の三女・葵の主催する女権拡張運動に参加しているということで、二つの依頼には「目潰し魔」と「織作家」という二つの接点がありました。

世の中は全て偶然でできていて、「偶然と偶然の点を線で結び、綺麗な像になったものを必然と呼んでるだけだ」、だから偶然の符合に不思議なことはない、と言う京極堂。
かくして、事象と事象を繋ぐ「理(ことわり)」が蜘蛛の巣を紡ぐ糸に喩えられます。

絡新婦の理第9話3

絡新婦の理第9話4
 (同誌、p. 667-668)

ただし……彼は続けて、この二つの依頼の符号は、すでに誰かの描いた図面――蜘蛛の網に乗っているのではないか、と指摘するのですが……

絡新婦の理第9話2
 (同誌、p. 669)

絡新婦の理第9話5
 (同誌、p. 676)

かくして、『絡新婦の理』というタイトルが事件の構造を物語っていることが分かってきます。

ポイントは、事件の全貌が見えるには程遠い、未だ複数の事象を繋ぐ「糸」の通り方がはっきり見えてこない時点で、京極堂がいち早く、全てが真犯人=蜘蛛の引いた図面の上、という事態を予言することです。
事実というものがあらかじめ客観的にあるのではなく、観測者が事態を決定するのだ、という本シリーズの立場においては、解決役こそが「何が事件なのか」を規定するのです。
これは京極堂あるいは本シリーズだけの問題ではなく、現代ミステリ全般が直面した問題でもあり、さらに言うなれば思想・文学の広い領域に関わる問題ですが。

新キャラというほどでもありませんが、歴代織作家当主(故人)のイメージ映像が出ました。

絡新婦の理第9話1
 (同誌、p. 650)

二代目の伊兵衛(いへえ)氏がどこか日本人離れした顔に見えます。このヒゲ面はフロイトを連想させるような……

昭和28年時点に50代で死んだ雄之介氏の義父に当たるわけですから、大正時代に活躍していた世代です。
明治の名士は大層なヒゲを生やしていた人が多い一方で、明治後半~大正時代にはヒゲの量は減少したイメージがありますし、近年の調査結果でもそうなっているようですが……(阿部恒久『ヒゲの日本近現代史』)
ただこの顔は、聖ベルナール女学院の創設者としての伊兵衛氏のある設定(後に明かされます)を意識してのことかも知れません。

難しいのは、限られた漫画の紙面に話を移し換えるに当たっての取捨選択ですね。
たとえば原作だと、京極堂に「あなたはそうやってふればいいと思ってるが、そりゃ無責任でしょうに」と言われた増岡弁護士が「私の仕事は『武蔵野連続バラバラ殺人事件を解決した人たち』に依頼することだから、全然無責任じゃないのだ」と言う場面があります。
その後で「榎木津は依頼を受けてくれるだろうか」と言う増岡に対し、京極堂は「僕の仕事は今の話を榎木津に話すだけで、あいつが断っても僕の責任じゃないですよ」と言い、増岡が「嫌な男だな」と言うと「お互い様ですよ」となるのですが……漫画だと前にやり取りが省略されていたので、「お互い様」の意味がやや分かりにくいかも知れません。

あるいは、今回「こんな若い男が学院内にいたのか……」という増岡の台詞がありましたが、これは本来、先に「学院内にいるのは生徒・教師とも女子供と年寄りだけで、中年男の首をねじ切れるような犯人候補はいない」旨の発言があったことを受けていました。これも先の台詞が省略されているので、「こんな若い男はいないと思っていた、一人いた=おのずとこの一人が容疑者になりうる」という文脈がぼやけるような。もっとも、こちらは「いたのか……」という言い方から察せられるかと思いますが。

全体に、月刊連載で1回の頁数が少なくなった分、(連載ではある程度の区切りは必要ですし)蘊蓄も省略が多くなった感はあります。
とは言え、女性原理という本作全体の主題に関わる「黒い聖母」の蘊蓄はちゃんと押さえていましたし、過不足は感じません。
その辺りはさすがです。





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Author:T.Y.
愛知県立芸術大学美術学部芸術学専攻卒業。
2012年4月より京都大学大学院。

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