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ゼロからの技術知識と家族愛――『転生少女の履歴書 1』

今回取り上げるライトノベルはこちら、ヒーロー文庫の新作です。



ヒーロー文庫はWEBサイト「小説家になろう」の書籍化専門のレーベルで、本作もその例に漏れず。
ただし、書籍化に当たってタイトル変更しているようです(管見に入る限り、以外と少ない事例です。WEB読者にアピールするにはWEB版で馴染んでいるタイトルをそのまま、というのが一般的なのかも知れません)。

 転生少女の履歴書(旧題:ハイスペック女子高生の異世界転生)

さて、本作はもはや「小説家になろう」系統の定番中の定番にしてどれほどのペースで量産されているか想像も付かない異世界転生物です。
主人公は前世では文武両道に一流だった女子高生ですが、魔法の存在するファンタジー世界貧農の娘に転生します。
リョウと名付けられた彼女は、前世の知識で技術革新を起こし、幼くして活躍するのですが、両親に売られて貴族の小間使いに、山賊に攫われ、そして貴族の養女に……とその人生はめまぐるしく転変します。

この手の「異世界転生によりこの世界の知識を異世界に持ち込む」話も枚挙に暇がないのですが、しかしあまりにも安易に「現代技術は凄い」と自慢するばかりで、そもそも知識のみでゼロからどれだけのことができるのか、という点が等閑に付されている例もままあります。
『ゼロからトースターを作ってみた結果』(「2015年10月の読書メーター」記事にて言及)の著者が身を以て実証した通り(そして彼の着想源は『銀河ヒッチハイク・ガイド』であり、つまりはとうの昔に指摘されていることなのですが)、「産業革命以前の技術で」「ゼロから」近代技術を再現することは、きわめて困難なのです。
例えば製鉄。現代の製鉄に使われている溶鉱炉は、製鉄よりもさらに高度な技術の粋であって、それに関する知識がいくらあっても、先立つものがない世界で再現はできません。そして、実際の製鉄作業は微妙な調整が必要で(炉内に空気を送る量は多すぎても少なすぎてもいけない)、鉄の還元反応や溶鉱炉の基本構造に関する化学的・技術的知識がいくらあっても、それで実際にできるというものではないのです。

その点、本作においては、転生先の世界は多くを魔法に依存しており、技術はまったく発達していない、というのがポイントです。
たとえば作物も、魔法を使えばみるみる育ちます。綿花から糸を紡ぐのも、建物を造るのも魔法頼りです。
しかし、人口増加の結果として魔法使いの手が足りなくなり、魔法の恩恵をほとんど受けることができていないのが、リョウの生まれた開拓村。他方で魔法使いの方も、民のためあまりにも忙しく働かねばならない現状です。
ですから、手作りできるごく簡単な技術が、大きな恩恵をもたらすのです。
ヨーロッパでは中世農業革命と大仰に言われているのが要するに輪作の発見であって、つまり――代わりに魔法の存在するわけでもない現実でさえ――その程度の知識と技術すらなかった時代が実際に存在し、そして技術の発見が大きく世の中を変えたわけですから、この世界観がそれほど不自然とは言えないでしょう。

もちろん、うろ覚えの知識からでも様々なことを実現できてしまう辺りがリョウの並外れてハイスペックなところですし、またこの世界観は知識一つで彼女を活躍させるべく都合良く設定されたものでもあります。しかし、描かんとする展開を可能にするためのその一工夫こそがアルファにしてオメガです。

それから、さらなるポイントはこの世界観に付きまとう不穏さですね。
魔法使いは貴族として、魔法の使えない民に恩恵を与える代わり、民が反乱を起こさないようかなり入念に管理していますし、それに異議を唱える向きも存在しています。
そして、人口の増加に伴い、制度に無理が生じてきているのも事実です。
そんな中で、リョウの物語は世界史を動かした偉人伝になるのかどうか……なかなか楽しみです。

さらに第3のポイントとして、リョウの前世の両親は不在がちで、彼女は愛情に恵まれなかった、ということがあります。
だからこそ前世の彼女は勉学にスポーツに励んでいましたし、今世でも自分が役に立つことをアピールしようとします。
しかしそれは報われず、彼女は売られてしまいます。

(……)それでも、みんなは私に何かとても温かいものをくれるから、私も温かいものを返してあげたいと思っていた。でもどう返せばいいのかわからなくて、私はいつも『利益』を返した。みんながくれる温かいものの代わりに利益をあげればいいんじゃないかと思っていた。だって、彼らがくれる『気持ち』を返せるだけの『気持ち』が、兄妹愛や友情とか、そういう『気持ち』が、私にはないような気がして、私は『気持ち』を返すことができなかった。愛してほしいだなんて思っておいて、自分が一番、その気持ちを持っていなかった。
 (唐澤和希『転生少女の履歴書 1』、主婦の友社、2016、pp. 252-253)


言ってしまえば陳腐ですが、愛は無償であり、贈与です。それは「利益」の交換関係に回収した途端、取り逃されてしまうものです。
自分の優秀さを頼むあまりか、利益の関係に終始してしまい家族愛に恵まれなかった少女――このテーマは、なかなかよくできています。

とは言え、章間の「転章」では引用のような深刻な語りがありますが、リョウの一人称による地の文は基本的に軽妙でコミカル。
ポップな雰囲気で楽しめます。
中でも、いつの間にかリョウを信仰する団体ができていて、お釈迦様ばりの聖人伝が作られていた辺りは笑いました。よく考えて見ると笑い事じゃありませんが、聖人伝の生まれる現場を見た思いです。

「というと、生まれた瞬間に、『東西南北全てにおいて私より尊きものはなし』とおっしゃったという、あのリョウ様ですか!?」
 と、一人の騎士が騒ぎ出した。そんなすごそうなこと言ってないよ! ちょっと、タゴサク先生、なに満面の笑みでうなずいてるんですか!? 言ってないよね! しかも別に私が生まれた瞬間立ち会ってないよね!?
「ええ、リョウ様は花の蕾から生まれたのですが、その際ガリガリ村の村民全員が思わず涙を流したのでございます」
 花から生まれてないよ!? 花から生まれて、皆を泣かすって……私は花粉か!? アレルギー反応で皆を苦しめたつもりはない!
「そして、生まれて一年で、人々に食べ物を施し、草鞋を編み出したという!?」
 おいおい、一年ちょっとの子供がそんな……あ、それはしたわ。それは私だわ。ていうか、ちょっとやめて、何これ怖い。
 (同書、p. 309)


この1巻でひとまず求める家族愛を得ることもでき、転変も一段落という感じでしょうか。
まあまだ9歳で、物語はまだまだ続くはずですが(なお、イラストは9歳には見えないという点でやや難あり。まあ、主人公の幼少時から始まる転生物ではままある問題ですね。子供を描くのは苦手なイラストレーターが少なくないのか……)。

WEB版から加筆されたエピソードも多く、リョウをこの世界に転生させた存在らしきものも少し登場。
トータルとして、十分満足できる作品でした。

細かいことでやや気になったのは、この世界の言語が、日本語や英語のような元の世界の言語に似ている部分はあるものの未知のものだ、と明言されていることですね。
これはまさしく先日「転生考」の記事で書いた問題で、生まれた時から前世の知hしきと人格を持っていたリョウは、外国語としてこの世界の言語を学ぶことになります。しかも、既知の言語と似た要素という手がかりはあれど、先人の解説や辞典もない状態でゼロから。それも彼女が優秀だから、で何とか済ませられるとしても、やはり母語と外国語は感覚が異なりそれは外国生活が長くても、言語の達人でも変わりません。母語を共有する者が全くいない世界というのは、結構大変だと思うのですが、どうなのでしょう。


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Author:T.Y.
愛知県立芸術大学美術学部芸術学専攻卒業。
2012年4月より京都大学大学院。

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