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架空の世界に固有のこと、変わらないこと――『MONUMENT あるいは自分自身の怪物』

いつも見ているものですがふと気付いたもの――キャンパス内の岩なのですが、草が生えているのですよね。
表面に付着した土に根を張っているだけのようにも見えますが、根に固着力があるのか、少し引っ張ったくらいでは剥がれません。
その内これが隙間に根を下ろして岩を穿つに至るのか……

岩

 ~~~

そんなことはさておき、最近の読書メーターでは献本プレゼント等も多いのですが、昨年11月に発売されたダッシュエックス文庫(集英社)の新作『MONUMENT あるいは自分自身の怪物』(滝川廉治)の場合、約2ヶ月の期間内に感想を投稿した人の中から抽選で10名にサイン入り複製原画プレゼント、という懸賞企画が行われていました。
そして……当選しました

MONUMENT複製原画

絵は単行本表紙絵、サインは手書きです(マジックが裏に透けています)。
まあ、期限の時点で感想投稿数100件余り(私もついつい先送りにしてしまって、期限ぎりぎりの投稿でしたが)、つまり倍率は10倍ちょっとでした。ワンタッチで応募できる献本に比べると、ハードルが高かったお陰かも知れません。

――という話だけで終わっても何なので、当の『MONUMENT』という作品の話をしましょうか。



本作の世界観は最初に語られている通り。

 人類が火を熾すよりも先に、発火の魔術に目覚めた世界。
 あらゆる理論や法則に、応用として個人の魔力資質の差異が組み込まれている世界。
 ソクラテスもプラトンも、ベートーヴェンもモーツァルトも、フロイトもユングも、ヒトラーもスターリンも、手塚治虫も藤子・F・不二雄も存在していたけれど、魔法がある世界。
 不思議な力が存在しても、結局は似たような歴史を歩んできた世界の物語。
 (滝川廉治『MONUMENT あるいは自分自身の怪物』、集英社、2015、p. 8)


この1ページを読んだだけで色々と気になることは出てきますが、それについては後述。
実は、この「似たような歴史」がどこまで現実と同じなのかという点が、最期に明かされる大仕掛けにも関わっていますし。

年代は旧ソ連の工作員として活躍していた主人公がまだ若い(17歳で通せる)ので、1990年代(これも最期まで読めば重要なポイントだと分かります)。
そういうわけで、主人公は旧ソ連の工作員で、現在はフリーランスで裏の仕事(暗殺等)を請け負っている青年、ボリス・カーロフ。瞬間移動魔法の名人で、相手の体内に物体を転送して殺すという暗殺の技を持っています。
冒頭で説明されている通り、この名は映画『フランケンシュタイン』の主演俳優の名前から。ただ、彼を「フランケンシュタインの怪物」に喩える場合、彼を「怪物」として育てたのは誰なのか、彼を道具として育てた旧ソ連の情感なのか、それとも……というのが彼の背景設定と謎に関わり、物語の軸にもなってくる点です。
ストーリーそのものに関して言うと、『フランケンシュタイン』の要素はそれほど多くないように思われますが。

さて、このたびボリスが受けたのは、護衛の依頼
太平洋上の島にある古代の魔法遺跡の上に作られた「ピラミス魔法学院」に潜入入学して、千種(ちぐさ)トウコという、一億人に一人の希少な魔法の素質を持つ少女を守ること。
そのために彼は、このたびピラミス魔法学院に入学するトウコの妹、ナナコに接近します。
そこまでは問題なかったのですが、ピラミス島に到達するや否や発生する事件。
そしてどうやら、「敵」の目的はボリス自身にあり……

そんなわけで、敵の襲撃者と戦い遺跡を攻略し、敵の目的を解き明かしていくことで、やがて世界の真相に関わる事態に到達する……そんな壮大な物語です。

見所はまず、なかなか悪党な主人公の人物にあります。
ハンサムで工作員として心理掌握にも長けている彼は、すぐにナナコを虜にします。純真なナナコはすっかり彼に首ったけですが、ボリスはというと彼女のことを、護衛対象である姉に比して「別に死んでもいい方の千種さん」と内心で読んでいるような扱い。
出会ってすぐにあっさり落ちるヒロイン、というのはよくある展開ですが、それを裏返して、全て主人公の計算の上、というのが味噌。

それに、哲学、宗教、科学――と様々な分野の古典を引用しての語りも特色ですね。

主要登場人物の魔法がかなり便利なので、強敵との戦いによる盛り上がりは少なめですが、しかしアクション描写もきっちり魅せるものがあります。

真相については、後半まで来ればある程度読めますが、それでも唸らされる出来なのは確か。


詮索したくなる問題はやはり、先に触れた「魔法が存在するけれど、現実と同じような世界」という設定の部分ですね。

何しろ本作では、実際に作中人物が「もし世界に魔法がなかったら」という話をする場面があるのです。
魔法がなければ多くの社会も文化も成り立たないと言う意見に対し、全てを見通すと言われる預言者セレーネ・マティスは、結局人間のやることは変わらない、と主張するのですが……

もちろんここにおいて、読者は答えを知っています。
これは言うなれば、時代小説で作中人物が未来(現代の読者にとっては過去および現在)の話をするのに似ていて(時々あるパターンです)、分かりやすい反面、穿った見方をするならば、同じく答えを知っている作者が言わせているだけ、いわばヤラセであって、登場人物の先見の明に感心することなどない、という見解もあり得ます。

とは言え、これはやはり興味深い思考実験です。
歴史小説の例にしても、未来予測が有効であるかどうかは別にして、過去から現在を語ることは、過去の何が現在の何に繋がっているのかという歴史観の問題に通じるという点で、無意味ではありません。それと同様です。
もしかすると人間の意志は、機械論的な物理法則に従う系よりももっと「強固」で可能性の少ないものであるかも知れない…・・それは一つの、傾聴するに値する人間観です。

「……腑に落ちない点はいくつもあります。しかし私達の本題は『魔法のない世界』について空想遊びをする事ではありませんから、そちらへの質問は控えましょう。
 セレーネ、要するにあなたが言いたいのは『私達が考えているほど、私達の人生の選択肢は多くない』という事ですね」
「その通りだ。例えばさっき、私がトウコに『待て』と呼び止めたが、あそこでトウコが私の言葉を無視して立ち去る可能性はなかった。それは千種トウコが千種トウコだからだ。トウコの公正(フェア)であろうとする精神は、話し合いを求める声を無視できない。それはキミが魔法を一切使えなくても、泳げなくても、目が見えなくても、足が不自由でも、変わらないだろう。(……)
 (同書、pp. 173-174)


もちろん、歴史は1回きりのものである以上、実際にそうなるかどうかは証明も反証もすることはできません。
バタフライ効果の類を持ち出して、「小さな違いでも大きな結果の違いに結び付くのだから、同じになるはずがない」という反論は、実はそれほど有効とは言えません。バタフライ効果というのは、計算可能な法則に従う系(いわゆる「機械論的」と呼ばれます)についてシミュレートを行った場合、初期値の僅かな差異が予測不可能な差異に繋がる、という話であって、そもそも現実の全てがそのような法則に従っているかどうかは、仮説の域を出ないのです。

そんなわけで、大仕掛けに細部に楽しませていただいた作品ではありました。

本作のオチは、これから壮大な戦いが待っている……という展開になっていましたが、ある意味ではこれで綺麗に完結している、とも言えます。
その壮大な戦いに突入してしまうと、現段階ではかえって落としどころが見えない感がありますし。
無論、続きが出る可能性もゼロではないのかも知れませんが、この1冊で終わっても結構満足しています。



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T.Y.

Author:T.Y.
愛知県立芸術大学美術学部芸術学専攻卒業。
2012年4月より京都大学大学院。

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