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終わらない、目的を摑むその日まで――『火輪を抱いた少女II 悪鬼』

今回取り上げる小説はこちら、『火輪を抱いた少女』の第2巻です。



 (前巻の記事

アニメイト限定特典はオリジナルSSシート。冊子と違ってサイズが大きく、本来「折り曲げるべきでないもの」という扱いなので、少し収納場所に困ります。他にとらのあなでも別のSS特典が付く模様。
余談ながら、アニメイトで買った時にはどこにも「特典付き」の表示が見当たらず、本当にこれで良いのか少し迷いました。

火輪を抱いた少女II SSシート

さて、本作は強化人間を作る実験「黎明計画」の失敗作として捨てられながら生き延びた少女ノエルが、幸せを求めて戦う戦記物です。
太陽が好きで晴れの日は脳天気に明るい一方、雨の日は極度に不機嫌になるノエル。今回の表紙は苦難を予告するような、雨の下で嘆く彼女の姿です。

前巻ではコインブラ州の軍に入り、太守グロールの命を救ったこともあって、あっという間に百人長の地位と騎士の称号を得るスピード出世を達成したノエル。
このグロールという太守は帝国皇帝ベフナムの息子なのですが、不運もあって彼が太守に赴任してからコインブラは凋落著しく、皇太子の地位まで剥奪されてしまいました。しかも、彼の弟にして隣州バハールの太守であり、新たに皇太子となったアミルからの度重なる挑発――と言うか、公式には否定しているもの、反乱を煽るなどほぼ侵略行為です――もあり、もはや両州間の内乱勃発は目前というところ。
今巻では、いよいよ戦争が始まります。

ノエルは武に関しても軍略に関しても優れ、戦果を挙げていきますが、何しろ軍のトップである将軍からして裏切っているコインブラの現状は四面楚歌どころではなく、彼女と言えどできることは限られます。
まず肝心なことは上がやらせませんし、仮に彼女が力を発揮できたとしても、一人と武力とせいぜい千人かそこらの部下では、大局を引っ繰り返すにも限度があります。
さらに、アミルの側近には「黎明計画」の唯一の成功例で、ノエルの施設時代の仲間であったファリドが――つまりはノエル以上の力を持つ相手がいます。
かくして、今巻でのノエルは数々の活躍を見せ、「悪鬼」の異名で敵に恐れられるようになりながら、敗北に追い込まれます。

主人公が無双の強さで活躍する作品は枚挙に暇がありません(とりわけ「小説家になろう」系作品では)。
主人公が負ける作品ももちろん多々あります。
しかし、主人公が無双の活躍を見せつつなお負けるのは、ライトノベルあるいはその近隣では多くはありませんし、「小説家になろう」系では貴重です。が、これこそが歴史の大きな動きを感じさせてくれる戦記物の醍醐味でもあります(歴史小説では悲劇の名称って題材、結構ありますしね)。

同じことは同作者の『死神を食べた少女』でも言えましたが、しかし『死神~』のシェラが敗軍の将たることを予告されており、そして彼女の属する王国軍の敗戦(+エピローグ)をもってひとまず物語は終わっていたのに対し、本作の物語はまだ続きます。
ノエルも仲間たちもまだ生きている、まだ巻き返せる――『項羽と劉邦』で漢中に流された劉邦が再起を図る場面のような高揚感がある、美味しい展開です。

ノエルの口癖は「世の中そんなものだから、仕方ないよね」ですが(この言葉は、敵に向けられるとすさまじく残酷な一言になるのですが)、しかし彼女が諦めるのは、個々の事柄だけです。
生き抜いて幸せになることは、決して諦めません。
そして、途中過程はどうなろうと、約束も守ります。

さらなる見所は、そんな中での仲間たちとの絆です。
たいてい仲間作りというのは面白いものでは、中でもポイントはノエルの副官リグレットでしょう。
彼女はコインブラの将軍ウィルムの娘ですが、剣もまともに振れないくらいに身体が弱く、しかも陰険で不満をすぐ表に出し嫌味ばかり言う性格なので、父から疎まれていました。この度も監視役としてノエルに付けられたわけですが、同格の百人長であり新参のノエルの下に付けられるというんは完全な左遷です。
そんな境遇への不満と、どこの馬の骨とも知れないノエルへの蔑みから、ノエルにも嫌味ばかり言っていましたが、ノエルは何を言われても意に介せず、むしろ彼女のことを気に入っていました。

そんな中で、色々あってリグレットが次第にノエルに心を開き、そして何より決定的に父ウィルムを見切って、真にノエルの仲間となっていく過程は必見です。

 今まで、嫌われているのを自覚しながらも、なんとか評価してもらおうと努力してきたつもりだ。だが、もう愛想が尽きた。(……)
(国を裏切ろうが何をしようが私の知ったことじゃない。許せないのは、私を利用した挙げ句、簡単に使い捨てたことよ。――あの男、絶対に殺してやる!)
 (七沢またり『火輪を抱いた少女II 悪鬼』、KADOKAWA/エンターブレイン、2016、p. 259)


そう、ウィルム将軍は太守グロールを裏切り、アミルに協力していました。これは前巻から判明していたことです。
彼に言わせれば、これはコインブラ人として祖州を愛しているがゆえの行動であって、無能な太守を排除することこそコインブラのためです。
まあ、そもそも金の鉱脈が尽きたといった不運もあってのコインブラの凋落を全て太守のせいにすれば済むのかどうかも疑問ですが、そこは目を瞑って、たとえこの大義が通るとしても、少なくとも彼が、その過程で犠牲になる人間のことを切り捨てているのは事実です。犠牲を避けようとするにしても、それは「あまりこの州に被害が出るのは望ましくない」という数量的判断に過ぎません。
それどころか、娘のリグレットのことは使えるならば利用して、体よく使い捨てようとしていました。

大義を掲げる者はいつもこうです。
『死神を食べた少女』の軍師ディーナーは最期まで、自分が生きて新生王国の礎を築くことで「数万、いや数十万の民」が生きるのだと弁明していました。
しかし、それによって生かされる「何万の民」に含まれない者にとって、そんなことは何の意味もありません。
だから、ディーナー率いる解放軍によって食べ物を奪われ、殺されかけたシェラはただ「お前も死ね」と言い放つのです(「権力の盲点」の記事を参照)。
生かされた覚えもなく、ただ自分が殺される側だった者にとって、「お前も死ね」より柔らかい言い回しがあるでしょうか。
いくら大義があっても、それには綻びもあります。

たとえ軍人という体制の一員として戦う主人公を描こうと、そんなアナーキーな反体制的テーゼを含む、それも七沢またり氏の作品の魅力の一つです。
本作においては、敵への憎しみをあまり見せずあくまで自分の幸せのために戦うノエルの傍らで、リグレットがそんな面を担っているように思われます。

そして、七沢氏の作品の主人公の少女たちは、皆約束を守り、重んじます。
それは常識外れで、時に狂気じみてもいる彼女たちにとって、人間性の要です。
対して、言葉なんて何とでも言えると思っている者、相手をいいように利用するつもりの者が約束を守らないことは、言うまでもないでしょう。

というわけで、次巻はノエルの巻き返しです。
ただ、戦記としてはそうなのですが、ノエルの目的はあくまで「幸せになる」ことであって、特定の敵を討って勝利することではありません(ノエル自身は、戦ってきたお陰で皆と会えたんだから戦いは好きだと言っていますし、また――最後に勝者の位置にいるという意味で――「勝ち続ける」ことを幸せになるための方法として有望と見なしているものの)。
どう物語を着地させてくれるのか、ファリドとの関係は、そして「幸せ」はどこに見出されるのか――

仲間たちの見せ場も、まだこれからです。
ノエルが戦術面でも優秀なこともあり、リグレットは副官としてまだそれほど活躍してはいません。
ゲンブ州の使者として訪れ、ノエルと友誼を結んで、使者としての役割を超えて共に戦ったカイも、その本領を見せる活躍はまだありませんでした。
彼等の活躍も楽しみなところです。

内容的にはほとんど文句なし、傑作です。

おそらく完結編となる第3巻は5月発売予定とのことで、3ヶ月間隔になるようです。
WEB版はすでに完結済みですが、加筆訂正もあり得ますし、楽しみです。


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T.Y.

Author:T.Y.
愛知県立芸術大学美術学部芸術学専攻卒業。
2012年4月より京都大学大学院。

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