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言葉と物、人為と自然の境の彼方で――『血翼王亡命譚I 祈刀のアルナ』

ブログの更新も休みがちで、何だかライトノベルを取り上げるのも随分と久し振りな気がしますが、今回取り上げるのはこちらの作品、第22回電撃小説大賞の「銀賞」受賞作です。
(そもそも、同賞の受賞作は先月から次々と発売されてはいるのですが、なかなか読めていません)



本作は独特な世界観のファンタジー作品です。
舞台は「赤燕の国(レポルガ)、主人公は王女アルナリスの護武官に就任することが決まった少年ユウファ=ガルーテンですが、実は彼はこの就任以前からアルナリス王女と密かな付き合いがありました。
そして、新たな王女と護武官の就任に当たって、供もなしで森に入って「迎燕(ぎょうえん)の儀」を行うことになるのですが、その途中で謎の襲撃。襲撃犯の中に潜んでいた味方だという少女イルナを加えて、二頭の軍犬を連れ、逃避行に入ります。
誰が味方で誰が敵か、黒幕は誰なのか……という手に汗握る展開、そして彼等の関係の行く末――

一つのポイントは、この世界では王族は言葉を喋ることを禁じられており、王族同士が会話する時に用いる「手語」をユウファもアルナリスから教わっている、ということ。
言葉を禁じられた少女と、一人の少年の特権的な関係と、しかしそこにあったすれ違いの結末は、悲しくも美しいものでした。

こうした人間ドラマについてはこれ以上細々と語っても仕方がないとして、本作の大きな特徴は、その特異な世界観です。
王族が話すことを禁じられているというのは序の口、この世界では犬は人を乗せられる大きな生き物であり、鳥と猫は喋り(本来、王族が下々の者に語る時には筆記をお付きの「王鳥」が読み上げます)、そして人はみんな鳥・猫・蛇のいずれかの血が入っており(耳とか尻尾とか鱗などの特徴が出ます)、また伝書鳩のような通信手段として虫が使われています。

さらに重要な設定が「言血(げんけつ)です。
これは最初、ユウファが「燕舞(えんぶ)という武の演舞のようなものを舞う場面で「指から手首、手首から肩口へ、言血を渡して体幹に繋ぐ」といった表現で出てくるので、「気」のようなものであることが窺えますが、それだけでなく、「言」と名にある通りの言葉や心に直結する内容を持ったもので、他者(他種族であっても)と言血を通わせれば相手の気持ちや記憶を知ることもでき、また相手に影響を与えることで犬の調伏なども可能です。また、「血」の名の通り、生き物の血に宿るものでもあります。さらに、これは決して抽象的なものではなく、固体や液体の形で現れることもあります。
まさに言葉であるものが同時に具体的なものとして、とりわけ生命を司り、また王族は「王歌」で人の傷を癒すなど他のものに働きかけることができる……という設定を見れば、王族が言葉を禁じられている理由も察せられるでしょう。
本作が描くのは、まさに神が「光あれ」と呼びかければ光があった如く、言葉と事物が一つの神話的世界であり、その言葉=事物を操る力がとりわけ王に帰せられている世界です。

 大君は 神にしませば 真木の立つ 荒山中に 海をなすかも (『万葉集』)

そして、こうしたことの多くは作中人物の視点から、周知のこととしてさほどの説明無く語られます(もちろん、主人公が知らないことについて説明が入ることもありますが)。
それが「これが当然の世界」を印象付けるのであり、また言血という様々な現れをするものに関しても、その中での様々な用例を見ていくことによって、徐々に分かってくるのです。ちょうど現実において、「空気」というのが周囲の至るところのある気体を指す意味でも、また心理的な意味でも使われ、われわれはそれを不思議に思わないばかりか、なぜかと言われても咄嗟に説明できないように。
(ただし、私はあまりにも外国語のテキストを読むのに慣れているので、こういう時には外国語を読むつもりで、用例から意味を探り出そうとするのですが、それに馴染まない読者もいることは否定できないでしょう)

まあ叙述方法はともかく、ここまでは、そこまで驚くことではないと思われるかも知れません。
人間以外の種族が喋り、人間と共に社会を築いていることなど、ファンタジーではよくある設定ではないか、と。
それはそうですが、本作にはさらに、驚くに値する設定があります。
この世界の人間は、母胎から生まれるのではなく、壺の中で作られるのです。
これでは、まるで全人類が人造人間であるようなものではありませんか。

あるいはこれは、人が語る言葉と事物が一つである世界の延長で、生命がそのまま人為でありえることの現れなのかも知れませんが、私がこの点を気にするのは、1ヶ月先行して『電撃文庫MAGAZINE』Vol. 48に掲載されていた短編の影響もあります。
本編では、この人間の生まれ方に関する設定は中盤になって語られますが、この短編ではすでにこの設定が語られており、しかも「他の動物は親から生まれるのに、人間はなぜ」という問いがはっきり提示されていました。
さらに本編では近い箇所で、他にも人工生命は存在することが明かされており(これは多くの登場人物も知らなかったこと)、「生命が人工でありうる」という設定は、この世界の成り立ちのカギを握る重大事であるように思われたのです。

もしここで、「この世界はいかにして生まれ、成り立っているのか」という話になれば、それは昨年の『バリアクラッカー』を思わせますが、そうはなりませんでした。
そして、それとは別の形でこの設定が活かされたかというと、いささか疑問です。

そもそも、特異な設定を「そういうもの」として提示しつつ、ストーリーに活かすというのは、かなりの難事業です。
提示できる情報量には限度があるので、世界観に凝りすぎるとストーリーが手薄になりがち、ましてや両者を有機的に結び付けるのは……

ただし気になるのは、――電撃文庫の新人賞作品にしてはかなり珍しいことに――本作は「I」と巻数が表記されていることです。
内容的には、むしろこの1冊で綺麗に完結しているように思われるにもかかわらず。
詳しく言うとネタバレになりますが、これだけスパッと結末を付けてしまって、続くものだろうか、と。

しかし、続巻が出るのであれば、この世界観がポイントになってくるのかも知れません。
この世界の成り立ちを解き明かす――という方向に向かうかどうかはともかく、この世界ならではの、死生観そのものが全く違ってくるような場面を活かしていくという可能性は、ありかも知れません。
そこにおいては、おそらく「別れ」の意味も変わってくるでしょうから。

なおストーリーに関しては、ユウファの師匠に関するネタはいささか強引さを感じ、いささか設定と話に馴染んでいない感もありましたが、まあいいでしょう。
続くとしたらどうなるのか、で随分と評価が変わってきそうな気はしますが、筆力は確かなものが感じられた作品でした。



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Author:T.Y.
愛知県立芸術大学美術学部芸術学専攻卒業。
2012年4月より京都大学大学院。

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