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エリートの家と生きる資格も認められなかった子――『アサシンズプライド 2 暗殺教師と女王選抜戦』

さて、今回取り上げるライトノベルはこちら、『アサシンズプライド』の2巻です。



 (前巻の記事

今回、ヒロインのメリダたちが通うマナ能力者養成学校・聖フリーデスウィーデ女学院では、ライバル校である聖ドートリッシュ女学園の生徒たちを迎えて、「ルナ・リュミエール選抜戦」という対抗戦を行います。
しかし、――前巻ラストで前振りがあった通り――クーファの背信を疑った上司から、メリダの調査を命じられたエージェントが閉鎖された学内に侵入。さらにどうしたことか、メリダは従姉妹のエリーゼと共に、「ルナ・リュミエール選抜戦」の候補者に仕立てられてしまいます。

他校を迎えて、生徒中から選ばれた代表者が競い合う対抗戦、しかも本来は選ばれるはずもない主人公(本作の場合はヒロインですが)が代表に仕立てられてしまう――となると、『ハリー・ポッターと炎のゴブレット』を思い出しますが、魔法学校ものらしい展開と言えましょうか。
ただ、候補者の「パートナー」として、生徒ではなく教師役のクーファたちが「身内だから」と参戦するという反則気味の要素もありましたが……

この「ルナ・リュミエール選抜戦」の一つのポイントは、あくまで「競技の勝者」ではなく、観戦している両校の生徒たちの「投票」で票を集めた者が「ルナ・リュミエール」の栄冠を手にする、ということでしょう。
ですから、ただ勝てばいいわけではない、見る者を魅せるような品格等々も求められます。

そこに外敵の侵入という、競技の外の不穏な要素も関わるわけですが……
今回は前回と比べると、外敵との戦いやそこでの主人公クーファの活躍は少なめでした。
そもそも、「敵」の仕業にしては何のメリットがあるのか分からないことや妙にしょうもないこともありますし、いかにも怪しい奴は怪しすぎて多分真犯人ではないだろうと予想できますので、複数の思惑が絡まって複雑なことになっているのは読めるのですが……その辺の展開は、まずまずの手腕だったのではないでしょうか。

そんな中で山場となるのは、メリダと従姉妹のエリーゼの関係、二人の対立と和解でしょう。
エリーゼは気質的にはひどく恐がりで、幼い頃にはいつもメリダに守られていたような娘ですが、彼女がマナ能力に覚醒し、他方でマナ能力に目覚めないメリダが「無能才女」と蔑まれるようになってからは状況が変化、アンジェル家の主家と分家の政争もあり、いささか疎遠になっていました。今でも、本来アンジェル家の血を引く者は皆「聖騎士(パラディン)」という上位位階のマナ能力を持ち、エリーゼもその一人であるのに対し、メリダのマナはクーファから与えられたもの(位階は「サムライ」で、上位ではない)なので、基本的な力にはかなりの差があります。
そんな現状に対し、口数の少ないエリーゼ本人の想いは――

さて、私は前巻の時に、ヒロインのメリダをヘレン・ケラーに喩えました。
もちろん、ヘレン・ケラーは「それがあるのが通常」とされる視力と聴力を持たなかったのに対し、メリダが持たなかったマナ能力は、本作の世界においても一部の人間だけが持っている能力です。
ただ、彼女の生家であるアンジェル家の人間は全員マナ能力を――それも「聖騎士(パラディン)」という特別な位階のそれを――「持っていて当たり前」という揺るがぬ前提があり、ないならば不義の子であるという疑惑までかけられているのですから、その点で彼女の扱いは不具に等しいのです。

そして、考えてみていただきたい。
もしもヘレン・ケラーが「見えず、聞こえずの子供など生きる価値もない」という扱いを受け、そんな彼女が生き残る道は「見えず、聞こえずであっても彼女は生きるに値する人間だ」と周囲に認めさせることにではなく、命懸けの改造手術で視力と聴力を得ることしかなかったとしたら――
本作はそんな話です。決して才能を持たざる者に希望を与える「努力の勝利」の話や心温まる素敵なお話ではないことはお分かりいただけるでしょう。

そんな境遇の彼女と、彼女を(真相は本人にも伏せて)自らの分身に改造したクーファのいささか歪な関係に対して、エリートとしての力を持ち、周囲から――しばしば過度な――期待をかけられながら、自身の気質や希望は必ずしもそれに合ってはいないエリーゼと、(自身の能力的にも、また周囲からの圧力によっても)必要なことを全て教えられるわけではない中で悩みながらやっている家庭教師ロゼッティ・プリケットの姿はむしろ真っ当な「教育現場」を感じさせ、親近感が湧きます。
実際、エリートにそうした悩みは付き物ではないでしょうか。

登場人物は平凡で、身近な存在である方が読者は感情移入しやすいのだ、と言い出したのは誰か。
それが本当かどうか、もはや詮索はしますまい(「凄い主人公」を描く作品も多いわけですが)。
ただ、仮にそうであったとしても、メリダのクーファの特異な関係を、単にメリダに才能がなかったという設定だけで「身近」なものだと思う気は、私には起こりません。それよりはエリートの苦悩の方がよほど親近感ある話です。

まあそれはさておき、今巻の印象では、ロゼッティ-エリーゼとクーファ-メリダに対比するならば、まだ描けることは多く残っているように感じました。そもそも、今回はエリーゼの我が儘を受け入れるような形で収まってしまいましたが、それがお互いの望む形であったのは単に結果オーライであって、エリーゼの成長はまた別問題として残されています。
まあ、エリーゼが――アンジェル家の娘としての責務から完全に逃げるつもりはない以上――これからエリートとしての責任を受け止めていくに当たって「甘えられるところ」を確保しておくことが意味を持つ、という可能性もありますが。

何より、“エリーゼは「騎士公爵アンジェル家の娘」として力を誇示するようなスタンドプレーを求められてきて連携が苦手、また家庭教師のロゼッティもずっと1人で戦ってきたのでそれを教えるのは苦手”という前回の設定は、今回特に話題になりませんでしたし。
チェスのような戦術を競う競技もあったのですが、あまり戦術そのものが問題にならなかっただけでなく、そもそもその競技でのエリーゼたちの戦いは描かれもしなかったのが残念。

とりあえず、次巻から2人が一緒にやっていくことが増えると思われるので、そこで対比として描けることもまだまだあるのではないか、と思われます。

前巻よりもクーファとロゼッティが――「家庭教師仲間」として――仲良くしている場面が多かったのは良かったですね。
クーファの人物像に関しては、そもそもメリダに簡単に絆されすぎだとか彼女のことに関してまるで親バカだとか色々気になる点はあるのですが、本家と分家の関係という上の方の政治的事情からただちにロゼッティをライバル視して大人げない態度を取るのも、引っ掛かっていた点でした。何だか「勝ち気な女の子とケンカする場面を入れるべし」という定型に乗っかっているだけのような気もして。
メリダとエリーゼが和解し、クーファとロゼッティの協力も増えることで、「異なるタイプの師」からの「別様な学び」を対比する機会もできるのではないか、と。いや、実際にどう転ぶかは分かりませんが。

それから最後に、本作の世界においてはマナ能力者の中に「聖騎士(パラディン)」「魔騎士(ディアボロス)」「竜騎士(ドラグーン)という三つの上位位階があり、これはそれぞれ特定の血筋だけに受け継がれています。
メリダたちのアンジェル家が「聖騎士」の家だったのですが、他二つの家の人間も今回前振り的に登場。メリダたちのライバル(候補)、というでしょうか。
もはや事態はアンジェル家のお家騒動に留まらず、これら三つの貴族家が関わって大きな政治的動きがあるようで……話を大きくする布石も出てきたので、次も楽しみにしておきましょう。


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Author:T.Y.
愛知県立芸術大学美術学部芸術学専攻卒業。
2012年4月より京都大学大学院。

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