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形にならない想いと不安を抱えて――『安達としまむら 6』

田舎を描いた作品で携帯電話が繋がらない、という描写をたまに見ますが、現実には今やこういうことはまずあありません。
携帯電話会社のアンテナ敷設活動は目覚ましく、元々電波の届きにくい谷間の山荘でさえ、数年前までは繋がらなかったのが繋がるようになっている、ということが増えています。

ただし、携帯電話の画面にある、電波状態を示すアンテナ表示は、当てになりません。
画面のアンテナは最大数が立っているのに、明らかに接続が遅く失敗することもあるというのを、最近も経験しましたから。

 ~~~

そんなことはさておき、今回取り上げるライトノベルはこちら、『安達としまむら』6巻です。
気が付けば、同作者の作品の3番目の巻数を記録するシリーズとなりました。

 

 (前巻の記事

今回は夏休み編の続き――ほぼ前巻と合わせて前後編という形になります。
まず今巻の前半は、しまむらが家族で母方の祖父母の家に。そこで祖父母や犬と触れあいつつ、安達との関係についても考えるしまむらの姿が描かれます。他方で安達はわずか3日の間にも、しまむらが帰ってきたら一緒にやることを色々と考えるわけですが……

冒頭の件とも関係しますけれど、現代ではこういう状況でも携帯電話での繋がりは維持されます。
カラー口絵からして、写メで水着姿を送るという妙な一場面を描いていたり。
ただし、やはり直接に相手と会ってやりたいことというのは、あるのです。

章ごとに二人の視点を切り替えることの多かった本シリーズですが、前巻では第1章の中で小刻みに両者の視点を切り替え、そして第2章以降は一切安達視点のみになることで、安達から見ての「しまむらが分からない」感覚を強く伝えました。
そして今回は、全編を通じて各章の中で小刻みに視点を切り替える形になり、前回は謎だったしまむらの心情も描かれます。
安達が怒濤の勢いで重く面倒くさい激情をぶつけてきたあの電話に対する冷淡な反応の真相も……いや、ここは知ってみれば笑ってしまうような話だったのですが。

まあしかし、やはり今回の見所は、友達がいても人付き合いに深入りしないでいたしまむらの心情が、祖父母の家出買われている老犬ゴンとの交流を通して描かれることでしょうか。
彼女が幼い頃からの仲良しで、老い先短いゴンに対し、死ぬ前に向けておくべき想いがあるような、それでいてそれをはっきりと形にできない彼女を、祖母は「潔癖すぎる」と表現します。
実際、半端な表明をできないというのは、あまりにも誠実にすぎるという面ああるのでしょう。

さらには、祖母の親切に対し、「どうしてそんなに優しくできるの?」と問う彼女。
孫に優しくするのは当たり前のことでしょうが、しかし彼女にとってはそれがイメージの湧かない、遠いことなのでしょう。

注目すべきは、ここでも劇的な事件は何も起こらないこと。
現在形で犬が死ぬとか、そういう劇的なイベントを持ってくれば、ドラマは作りやすい。安直と言われようと、「死」にはそれだけの力があります。
しかし、本作ではそれはありません。
「死」はただ、予感としてのみ描かれ、それが想いをはっきり表明できないもどかしさと結び付いています。
そして、だからこそいっそう心に沁みるのです。

 以前は二匹いたけど、今はゴンが大人しくしていれば犬の鳴き声は聞こえてこない。二年前に死んだのはゴンより前に飼われていた犬だった。こちらもご長寿だった。出会ったときには大人だったからか、ゴンほどではなかったけれどわたしとも打ち解けていた。
 その子が死んだと聞かされたとき、わたしは泣いていただろうか。
 それだけがどうしてもはっきりとせず、思い出せない。
 温度とか、胸の痛みとか、そういうもので分かるかもしれないのに、ピンと、こない。
 夏の暑さに参ったわたしからこぼれるものは、涙と汗の区別がつかないのかもしれない。
「…………………………………………」
 ゴンは、確実に弱っている。
 去年にその姿を見たとき、来年はあるのかと不安だった。
 そんな不安の中で今年が来て、そして、来年は?
 ゴンが死ぬとき、わたしは泣くのだろうか。
 そんなことを自問するだけで胸に黒いものが溜まり、息が詰まるようだった。
 (入間人間『安達としまむら 6』、KADOKAWA、2016、p. 36)


外から見える出来事としてはゴンはまだ生きていて、彼女の後をついて回っている――それだけの日常風景を通して形にならない想いを描く、その手腕は巧みです。

そんな場面も経て、安達との関係についてもしまむらの想いには若干の動きがあり――そして、後半では一緒に浴衣で夏祭りに出かけます。
最後には二人の関係に大きな進展が――いや、しまむらとしては大きな変化はないと思えばこそ、なのかも知れませんが……今後、両者の関係はどうなっていくのでしょうか。今後も一筋縄では行かなさそうで、楽しみです。

章間では相変わらず日野・永藤としまむらの妹・ヤシロのペアが描かれます。
こちらは相変わらずの安定感。なお今回、本編には日野・永藤はまったく関わってきません。
日野家は毎年ハワイに行くとのことで、こちらでも安達と同じく永藤が取り残されていたり……しかも、他人の家に勝手に現れて「留守は任せろ」と言うなど、永藤とヤシロのやっていることがほぼ同レベルだったりします。
永藤とヤシロの直接の絡みも描かれましたし、そこでも何だか同等な様子です。永藤家の肉屋にしばしばヤシロが客として訪れていることは触れられていましたが、直接の絡みは初めてだったような。
変わり者のことを「宇宙人」と表現することがありますが、(多分)本物の宇宙人と同等である辺りが永藤の凄さ(?)です。

他作品とのクロスオーバーとしては、『クロクロクロック』の岩谷老人が登場。
カナは陶芸家見習いを続けているようで何よりです。

 ~~~

本作『安達としまむら』は先月から『ガンガンONLINE』にてコミカライズも開始。月1更新です。

 安達としまむら - 漫画 - ガンガンONLINE

どういうわけか4コマ風の均一なコマ割りですが、別に内容面で4コマごとにオチが付いているわけではありません。
むしろ、台詞やモノローグまで、かなり原作に忠実なのではないかと思います。

安達としまむら コミカライズ

最近は日常4コマ漫画が増えたこともあり、このコマ割りが日常の単調な流れを象徴する、というイメージができているのかも知れませんが……

注目は原作イラストで描かれることの少ないサブキャラのデザイン。2話にして日野と永藤が登場しました。
こちらが日野↓ 活発でリアクション豊富なイメージが伝わります。

日野

永藤↓ 見た目は理知的とあるのですが、漫画ではぼんやりしたキャラの印象が若干優先しているのかも知れません。
ただ、原作では眼鏡をかけた姿が描かれていなかったので有難いですね。

永藤

なお原作イラストでの日野はこんな感じ↓

安達としまむら1巻 日野
 (『安達としまむら』、p. 73)

この1巻カラー口絵の右端が永藤↓

安達としまむら1巻 カラオケ

あとはこんなところでしょうか↓ 向かって左の胸が大きい方が永藤です。

安達としまむら4巻 日野と永藤
 (『安達としまむら 4』、p. 223)

髪型などの点で原作イラストの基本は押さえつつ、各キャラのイメージを出すためのアレンジも窺えて、良いコミカライズです。
そして、漫画だと(日野が小さいという)身長差もよく伝わるのがいいですね。

 ~~~

作者の入間人間氏は、今月下旬にはメディアワークス文庫から『デッドエンド 死に戻りの剣客』を刊行予定、さらに7月には『いもーとらいふ』の単行本化も決まっています。
いずれも『電撃文庫MAGAZINE』で一部は読んでいた作品で良かっただけに、楽しみです。

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Author:T.Y.
愛知県立芸術大学美術学部芸術学専攻卒業。
2012年4月より京都大学大学院。

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