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余計なことを気にしない/させない才

異世界とはそもそも何ぞや……という話も時々してきましたが、そういう根本的な問題はひとまず脇に置いたとしても、私のような理屈っぽい人間は、「異世界に召喚される」という一事についても、色々と気になります。
たとえば、異世界人とすぐに言葉が通じるのはなぜか。

その世界での人生を赤ん坊からスタートする「異世界転生」の利点は、こういう問題をクリアしやすいことかも知れません。
(とは言え、少し形を変えつつ似たような問題は生き残るのですが……「転生考」の記事参照。というか今その記事を読み返すと、すでに話題が被っていたり)

もちろん、説明を色々と考えることはできます。

曰く、もともと言語・地理など多くの点が共通していて、そこに少しだけ違いが加えられた世界である
曰く、召喚者あるいは非召喚者の「言葉が通じる」相手を求める心理により、そういう世界(相手)が引き寄せられた
曰く、翻訳の魔法のようなものが働いている

竹本泉氏の漫画『ねこめ~わく』では、当初はそんなことはまったく考えられていなかったにもかかわらず、連載が始まって十数年経ってから気付いたように説明が与えられました。
さらにこうした設定がひとたびつけば、さらに色々活かすことも考えられます。
たとえば3番目の「翻訳の魔法のようなものが働いている」に該当する作品で、『義妹が勇者になりました。』では、読唇術を備えた登場人物が実際に発声されている言葉と翻訳されて自分の耳に届く言葉の違いに気付くばかりか、さらに「翻訳を経る必要なく、異世界の人間が口にしている地球語の単語」の存在から、かつてこの世界に召喚された人間の影響を推論したりもしています。
あるいは『巨竜城塞のアイノ』では、召喚と同時にあらゆる言葉を理解する能力を与えられた主人公は、その異世界でも人間とコミュニケーション不可能であった存在とも心を通わせます。

このように、設定は何とでもなるのです。
しかし、そういうことにばかり力を入れていて本筋を疎かにしたのでは、本末転倒です。
問題はその辺のバランスを考慮して、どうするかなのです。

私のような人間が話を書こうとすると、そういうところばかり気にして、そのくせストーリーを作る創造性はないので、だいたいそこで「ああ、これじゃ“話”にならないな」と気付いてしまうのです。

ですから、「何の説明もなく異世界で日本語が通用して、そのまま話を進める」というのは、一つの立派なテクニックです。
むしろ、「どうでもいいことを問題にせず、読者にも自然とスルーするよう仕向ける」ことこそ、物書きのもっとも重要な才能と言ってもよろしい。これはおそらく、フィクション以外にも当てはまります。

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T.Y.

Author:T.Y.
愛知県立芸術大学美術学部芸術学専攻卒業。
2012年4月より京都大学大学院。

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