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なぜそんな話に帰着してしまう!?

グレッグ・イーガンと言えば、現代を代表するSF作家の一人です。
個人的には、とりわけ彼の短編には衝撃的なものが多かったのを覚えています。

たとえば「しあわせの理由」(同名の短編集に収録)は、少年時代に脳の腫瘍を治療すると同時に、まったく幸福感を感じられなくなってしまった青年の物語。
彼は幸福感を取り戻すため、脳内物質の操作による治療を受けるのですが、幸福も好みも脳内物質次第だとしたら、自分とは何なのか? という問いを投げかけてきます。



あるいは「ぼくになることを」(『祈りの海』収録)は、人格を含めた脳の機能を完全に複製する「宝石」を脳に埋め込むことが当然となった世界の物語。やがて老いて脳細胞が死んでいく脳から人格を完全に「宝石」に移し換えることで、不老不死すら達成できるのですが、やがて生体組織の組織を摘出して、すっかり宝石に入れ替わった時、それでも自分は自分なのか? という



このようにアイデンティティの問いに貫かれているイーガン作品ですが、今の私ならば、これはそもそも問いの立て方に問題があるのではないか、と問い返すこともできます。
つまり、そもそも人格を複製できるという前提から話しを始めるから、そういうことが問題になるのではないか、と。
しかし、仮に人格が物質としての脳の機能だと考えたところで、物質の状態ならば完全複製できるというのは本当か、ことはそれほど自明とは思えません。

それでも、イーガンの作品は強いインパクトを与える鋭さを持っていました。

――が、「祈りの海」(同名の短編集に収録)は正直なところ、つまらないと思いました。

「祈りの海」は、地球ではない異星が舞台です。
この短編の主題はつまるところ、宗教です。
舞台となる星の人間は皆、ある宗教的儀礼を行う習慣があります。その儀礼で喩えようもない多幸感を体験し、主人公を含む誰もが「これぞ神の御業」と信じていたわけですが、それがある時、微生物の分泌物による作用と判明。それじゃあ信じていたものは何だったのか、となるわけです。

……
この話は以下のような論法に基づいています。

(1) 多幸感を感じることから、その原因として神があるに違いないと考えていた。
(2) その多幸感が神なしで説明できると分かったならば、神は否定されるのではないか。

さらに突き詰めてみると、(1)のさらなる前提は結局、「多幸感のような一時的な心理状態こそ宗教の要であり、それを得ることこそ宗教的実践の目的である」というものでしょう。

が、考えてもみましょう。
たとえば、スポーツをすると疲れます。辛さもあります。しかし、達成感もあります。
では、疲れと達成感といった心理状態を脳内物質の操作によって再現できるようになれば、スポーツはもう必要なくなるのでしょうか。
スポーツ好きならば、そんなのはお話にならないと言うでしょう。
これは、「疲れと達成感」のような一時的な状態こそがスポーツの存在意義だと考える前提に問題があるからです。スポーツにおいて問題なのは過程です。その過程のあり方によって、様々な競技が分かれているのですから。
「祈りの海」の宗教観はこれと同じです。

そもそも、一時的な心理状態に限って言えば、いくら「神を体験した」と思ってもまやかしでもありうることは、古今の宗教家も説いてきたことではありますまいか。
「化学物質」という知識を挟んだところで事態に何の進展があるというのか、甚だ疑問です。

まあ、あらゆる宗教が一つの本質に合流するといえるほど、宗教が単純ではないのは事実。
一時的な状態を重視する宗教もあるかもしれません。
そして、宗教観が合おうが合うまいが、小説として面白いものはあります。

問題は――
「祈りの海」の主役の異星人たちは、地球人とは異なる独自の生態を持っています。何しろ、セックスすると男から女に性器が移って性別が入れ替わるのです。
そうした、独自の面白そうな設定がありながら、「その設定でこそできること」を掘り下げず、凡庸な問いを投げかけて終わり――これにがっかりしないでいることは難しいことでした。

イーガンの長編は2,3編しか読んでいませんが、同じような傾向を感じることがないではありませんでした。

何も問題はイーガンに限りません。
「その設定でこそできること」を活かさないで凡庸な問いに帰着してしまうのは、駄作の黄金パターンです。

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Author:T.Y.
愛知県立芸術大学美術学部芸術学専攻卒業。
2012年4月より京都大学大学院。

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