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たまには政治・経済の話でも

先日の話の続きになりますが、足りないものを求める欲望は様々なものを生み出す原動力ともなってきました。文明にも良い点悪い点がありますが、我々がその恩恵を多く蒙っているのも確かな事実です。
また経済というのは、いわば何かをやり取りすることですから、差し当たって必要のないものでも生産・消費されている方が経済規模は大きくなります。こういう意味で、無駄というのは確かにある種プラスの生産性なのですね。
公共投資とか経済刺激策といったものも、この無駄を注ぎ込んで経済規模を拡大することに他なりません(それが成功しているかどうかは話が別ですが)。

しかし、消費する側の立場に立ってみれば、無駄な支出は少ない方が望ましいのは当然です。
個人のレベルで身も蓋もないことを言ってしまえば、自分は消費したくないが他人は消費してほしいということにもなりますが、それだけでは話が進みません。
政府の政策ということになると、経済を活性化して皆に見返りをもたらすような金の使い方は望ましいが、見返りをもたらさないような使い方はただの無駄である、ということになります。

が、では見返りをもたらすかどうかの区分はどこでなされるのかというと、結局その結果を予測できるかどうかが1つのキーになるでしょう。いつどんな見返りが来るか分からないものはただの無駄、ということになりがちです。
しかし、現在予測して先取りできるものが全てでしょうか。

まだあまり考えを進めてはいませんが、出すべきでない「ただの無駄」を判断する第一の基準は資源に置かれるべきだろうと思います。
つまり例えば、地球上で生産できる食料の量には限りがあって、現に不足している所もたくさんあります。そういう状況下で食べ物の残りを大量に廃棄するのが正しいかどうか、ということです。

事業仕分けとか経済政策とか言ってしまったついでに、今の政治の話も少し。
もう昔の話に属しますが、昨年の衆議院議員総選挙で民主党が大勝した時のことを思い返してみると、どうもそこまで国民が民主党に期待していたという気がしないのです。
私の住んでいる選挙区で言うと、民主党の候補は現職の古株議員、自民党の候補は一昔前のスポーツ選手、その他にはよく分からない小政党がいくつか。…この場合どれだけ選択肢があるか、ということです(抗議行動としては白票を投じる、つまり投票用紙に何も書かないで入れるという手もありますが)。
こういうことも塵も積もれば山、です。
結局、選挙で勝てるかどうかと当選後どんな政治をするかは別です。国民が政治家の掲げるマニフェストに期待して票を投じる、なんて物語はあまり信じる気になれません。
現在、新党の結成やら何やらが盛んですが、選挙で勝てる候補を集めてくる力がない限り、どうにもならないでしょう。
                           (芸術学2年T.Y.)

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テーマ : 芸大・美大・その他美術系学校 - ジャンル : 学校・教育

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Author:T.Y.
愛知県立芸術大学美術学部芸術学専攻卒業。
2012年4月より京都大学大学院。

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