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「男はバカだから…」の理論

やらなければいけないことは最低限しかやらないもので、課題も提出期限ギリギリまではなかなかやりません。という訳で、まだ1つ残っています。まあ、提出のためだけに交通費を払って(定期券はもう切れました)大学に行くのもアレなので、なるべく一度に提出してしまいたいのですが、後でまた大学に行く予定ができてしまうと「じゃあその時に」となりがちです。
この「やらなければいけないこと」というのがミソで、どうでもいいことに限って…というのが今回の本題ですが、まずはかなり離れたところから始めます。

進化論における「自然淘汰」(自然選択)という言葉に聞き覚えはあるでしょうか?
要するに、環境により適応したものの方が生き残って子孫を残すことができる、という原理ですね。それで例えば、キリンの先祖の中でより首が長い個体の方が高い木の葉を食べるのに“適応”していたので生き残り、キリンの首は長くなった――というように、様々な環境に適応して生物は進化してきた、というのがダーウィン流進化論の骨子です(ネオ・ダーウィニズム等の説明にはもう少し別の要素も入ってきますが、とりあえずはこれだけにしておきます)

ところが、クジャクのオスの派手な尾羽根など、あまり生存に有利になるとは思えません。むしろ邪魔です。
そこで出て来たのが「性選択」という理論で、つまり、メスがより良いオスを選ぶ指標として、尾羽根を見るようになると、より立派な尾羽根を持ったオスの方が子孫を残せる。その子孫達の中では、また特に立派な尾羽根を持ったものが子孫を残せる…という具合で、今に至っている、という訳ですね。
学派によっては「性選択こそ進化の基本動因」とする見方もあったのですが、ただ往々にして、現実は必ずしも理論に合っていないものです。

ジョンメイナード・スミスは……アカシカを例に挙げて、性選択論のどこがおかしいのかを説明している。強い雄は、発情期が始まると、角を突き合わせて闘い、延々と消耗するまで、印象的な自己誇示を行う。ところが、雌はしばしばこの闘いにあまり感銘を受けず、こっそりと群れの中であまりたくましくない雄を性交することがある。
 (マイケル・ブルックス『まだ科学で解けない13の謎』楡井浩一訳、草思社、2010、pp.235-236)


この本では生物学の最先端における論議が紹介されていますが、このでわれわれは生物学からは離れます。
この一見不可思議な事態に対する、いわば少年マンガ的な答えを見てみましょう。

「男はバカだから」です。

何の説明にもなっていないと思った方は正しいのですが、もう少し付き合ってください。
オス同士で何かを取り合って争いになることはあり得るでしょう。すると何らかの形で勝負を着けることになるのも、当然あり得ますね。例えば腕力で勝負すれば、腕っ節の強い方が勝つ訳です。当然そうなります。でも、勝った方がメスに選ばれるかと言えば、話は別です。最初からそんな前提はどこにもありません
もし争いの原因がそもそも「メス」だったとしたら、実に奇妙な話です。ただ、この奇妙さは「闘うのは、メスを手に入れるという目的“ために”だ」という視点から見たら、です。
何かの目的の“ために”ではなく、結果的に闘わざるを得なかったのだ、というのが実情ではないでしょうか。これを目的の観点から見た時の不合理さを表すのが「男はバカだ」「男の闘い」といった成句なのではないでしょうか?

以下、さらに話は暴走しますが…
古代ギリシアの哲学者・アリストテレス「原因」を4つに分類しました。
例えば家が建つには、設計が必要で(形相因)、材料が必要で(質料因)、労働力をもってその材料を組み立てる必要があります(動因)。しかし何よりもまず、「家を建てる」という「目的」がなければなりません(目的因)。
確かに、「原因」という言葉はこのような意味で使われます。
そこからひるがえってアリストテレスは、全ての物事にはこの4つの「原因」が必要であり、目的因こそ究極原因であるとしました。つまり例えば、雨は植物を育てるために降る、ということです。

しかし2000年以上後になって、ドイツのカント(1724~1804)は、「目的」を言えるのは人為の関わることに関してのみである、と主張しました。人間のすることには目的がありますが、自然のなすことはそうではないのです。
ただ、誰かが作った訳ではなくても「鳥の翼は空を飛ぶ“ために”ある」と言うことはできます。しかしこれはあくまで「よく用途に適っている」というだけで、何者かが目的をもって作ったことを意味しません。カントはこれを目的因から区別して「合目的性」と呼びました。
哲学史はここまで。

さて、当然ですが自然界に起こることには、あまり合目的性を見て取れないものもあります。
さらに、人間もまた自然の一部ですので、人間の内の自然が、合目的性の観点からすると解釈困難なふるまいをすることがあります。「バカ」とはそれを指す言葉ではないか、というのが、今回の結論です。
こんなところで長々とこんな考察を書いているのは、まさにそういうバカの例です。

※1 ここで「目的」を判断するのは人間なので、動物がバカかどうかは人間の解釈によります。また、バカだと見えたことが視点を変えると「なるほど、それなら分かる」となることも、当然あり得ます。
※2 なぜ「バカ」の側に結び付けられるのが「男」なのか、という問題はまだ残されています。
現実にはバカにも程度差があり、また「バカでない男」も「バカな女」もいることを踏まえた上で、続きを考える必要があるでしょう。
                           (芸術学3年T.Y.)

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Author:T.Y.
愛知県立芸術大学美術学部芸術学専攻卒業。
2012年4月より京都大学大学院。

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