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漫画表現の特異性…と言うべきか?

萩尾望都「半神」と言えば、名作の内に数えられる短編漫画です。
哲学者の永井均氏が『マンガは哲学する』(岩波現代文庫、2009)でこの作品を取り上げていますが、私が今回触れたいのはそこでメインとなっている「私とは誰か?」というテーマではなく、以下のような言及です。

ストーリーはそのユージーの視点から語られていくのだが、ユージーの視点からといっても、それは文に関してである。絵はそうではない。絵が描かれる視点は、あくまでもユージーとユーシーの外部の視点だ。二人は、あくまでもひとつの世界の中にいる二人の人間として、対等に描かれており、一方は視点(つまり《私》)として、他方はその視点から見られた世界の中にいる人物として、というふうには描かれてはいない。つまり、絵はいわば神の視点から世界の客観的な事実を描き、文はその中のひとりの人物の視点から内面的な真実を描き出すのである。
これはマンガという表現形式のひとつの特徴であり、「半神」という作品は、マンガのこの特徴を生かして、小説などではけっして表現できない世界を見事に描き出しているいう点で、芸術表現という点から見ても画期的な傑作とみなされるべきものなのである。
 (『マンガは哲学する』、pp.38-39)


漫画評論からこういう見解が出たことがあったか、寡聞にして知りませんが、今の漫画読者にはいささか大袈裟に見える言い回しかも知れません。と言うのも、見ての通り、「外部から見たキャラクターの絵とそのキャラクターのモノローグ」という取り合わせは、今の漫画ではすでに珍しいものではなくなっていますから。
『半神』
 (『半神』、小学館文庫、1996、p.18)

が、そこが肝心なのかも知れない、と思った訳です。

まず、絵や映像においては「神の視点」、あるいは三人称視点が基本です。ある特定の登場人物の視点で、その人物自身は手や、見下ろした時に胸から下の身体しか映らない、という表現はあり得るとしても、特殊なもので、スタンダードにはならないでしょう。
しかし文章、つまり言葉というのは基本的に「誰かの言葉」です。だから登場人物の誰かが語り手となる一人称の語りは、小説の基本的なスタイルです。ちなみに三人称の小説であっても、一人称の「私」をある人物の名前に置き換えれば成立するような形になっているものは多いですね。むしろ、説明なしに視点人物を切り替えるのは良くないものとされています。
もちろん、物語の中に登場する人物ではない語り手が、いわば神の視点から語るような形にすることは可能です。しかしその場合、特定の登場人物の内面に踏み込むことは難しくなるでしょう(下手にやればこれも拙いものになります)。

さて、映像、つまり視覚は三人称視点が基本というのは、自分のことにも当てはまります。

……私は、二年前に家族でパリ旅行をしたときのことを思い出す。でも、妻と息子を首のあるまともな身体として、私だけ首の欠けた不気味な身体として思い出すわけではありません。……私は、妻子と同様に、私を首のある普通の身体として思い出すのです。
……
つまり、この身体であったところのあの身体を、私は知覚を再現するような仕方で想起しているわけではないということです。あえて記述してみますと、想起の対象としてのあの身体のあり方は、あの身体の「うち」に感じていた身体感覚に、あの身体の「そと」から知覚した(と想像する)あの身体とが重なったような、すなわち直観(感じ)と概念とが二重写しになったようなあり方です。
 (中島義道『「私」の秘密 哲学的自我論への誘い』、講談社選書メチエ、2002、pp.163-164)


つまり、過去の想起(ちなみに中島氏によれば、これこそ「私」というあり方が出現するためのポイントです)においては一人称と三人称が二重写しになったような視点こそが本来の視点だということです。

とすれば、永井氏の言う「マンガという表現形式のひとつの特徴」とは、実は本来の自然な視点を取り戻そうとするもの、とは言えないでしょうか。
最初に挙がったのが『半神』というのは偶然ではないでしょう。と言うのは、漫画における内面描写が飛躍的に発展した大きなポイントは、多分、'70年代の少女漫画でしょうから。して見ると、少女漫画独特のあの複雑なコマ割も、内面的な視点と客観的な視点とを混合するための技術だったのではないか、と考えられます。
自意識の「発見」は、漫画においては'70年代にあった、という読みも可能かも知れません)

今や漫画表現は大変に発達しました。例えば、バトル漫画のアクション(これこそ、三人称視点で描いてくれなければ面白くないものです)シーンに登場人物の内面の葛藤が重ね合わされ、葛藤を打ち破ることが逆転勝利に繋がる、と言った高度な表現が、濫用気味なくらい珍しくもなくなっているほどに、です。
                           (芸術学3年T.Y.)

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Author:T.Y.
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