オタクと形而上学(旧:山中芸大日記)
愛知県立芸術大学出身のある学生によるブログ。
美術史と批評的判断
いずれにせよ新しく必要なものもあるので買いに行くと、色々なものを見ます。例えば、最近触れたように漆工史の授業があったので気付きましたが、漆も売っていますね。まあ、しっかり合成と書いてありますが…。市販の合成漆はかぶれないし、便利なものだそうですけど。
――といった話とも、最近の記事とも特に関係のない話になりますが、美術史というのは、美術作品の価値判断と密接に結び付いてくる世界です。
つまり、例えば20世紀の西洋美術史に触れるならば、ピカソの存在には触れなければならないでしょう。それは何故かと言えば、ピカソが偉大な芸術家だからです。
後世の視点を排した「理想的年代記」なるものが不可能であることは歴史哲学においては周知の事実だと思います。簡単に言うと、それをやろうとすると、「織田信長は1534年に生まれた」と書くこともできなくなるんですね。幼名は吉法師で、生まれた時には信長じゃありませんから。「長じて“信長”と名乗った」という後世の視点を取り入れて、初めて歴史記述ができるようになる訳です。
そもそも、「なぜ信長を取り上げて語るのか」と言えば、「信長が歴史上大きな存在だから」ですよね。
しかし、天下を動かすような人物が偉大だというのは、比較的議論の余地の少ないところです。それでも、信長が政権を手にし、豊臣・徳川と世が移っても、地方の農民の生活にすぐさま影響した訳ではなかったかも知れません。そういう意味で従来の歴史とは政治史な訳ですが、「その頃の地方の農民の生活はどんなものだったか」というアプローチも登場していない訳ではありません。
それに比べると、美術の価値というのはより主観的な性格が濃いのは確かでしょう。「ピカソが偉大だと言われたって、ピカソの作品を見ても全然感動しない」という人に何と答えれば良いか、これは決して易しい問いではありません。
さらに、二流以下の画家たちを扱った研究ももちろんありますが、「農民の生活にスポットを当てた歴史」のように「巨匠抜きの美術史」が成立するかと言えば、難しいと言わざるを得ないでしょう。少なくともあまり聞いた試しはありません。
批評の世界ではむしろ、「自分なりの評価基準を持っていること」は美徳とされます。つまり「他の奴が何と言おうと、自分はAがいいと思う。Bは評価しない」と言うのは正当なのです。
美術史と批評とは別物ですが、美術史において、批評的な判断を遠ざけるというよりはむしろ、批評と1つになることを目指す向きは確かに存在します。
美術史家リオネロ・ヴェントゥーリは『近代画家論』の序文でこのように言っています。
ただここで私がはっきりさせておきたいと思うことは、私が本書において美術批評と美術史とひとつのものにしようと努めたということである。すなわちそこでは、歴史的に正しい裏付けのない判断はひとつもないし、また判断を正当化する目的以外の歴史的事実の提示もひとつもないということである。
(『近代画家論』、坂本満/佐々木英也/高階秀爾訳、角川書店、1967、p.7)
(もちろん、「判断を正当化する」というのは「無理矢理に」という意味ではなく、またこれは「都合の悪い事実は抹消する」という意味でもないでしょう。「必要もなしに知っている歴史的を並べ立てはしない」という程度の意味と考えられます)
しかし、だからと言って、この批評的判断は「どのようであっても良い」ということではなく、例えばピカソが偉大であることは(たとえ作品が好きでなくとも)「万人が認めてしかるべき」です。どこぞの受け売りで言えば、見てみたら失望したとしても、見た価値はあるのが偉大な作品です。
が、しかし、作品そのものに価値が内在しているとか、余計な知識に邪魔されずに純粋な目で鑑賞すれば良いものが分かるというのは明確に間違っています。まったくの知識なしで分かるという訳にはいかないものが多いことは、何度か言ってきました。
(この辺、詳しくはまたの機会に)
(芸術学3年T.Y.)
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コメント
はじめまして。
Re: はじめまして。
>
> あまりにもおもしろい(=興味をそそる)内容なので遡っていくつか拝読させていただいています。また、勝手ながらリンクも貼らせていただきました。たびたびお邪魔することになると思いますがよろしくお願いします。
ありがとうございます。ご訪問もリンクも歓迎ですよ。
まあ過去記事には当たり外れがあるかも知れませんが…あまりに遡ると、多分書き手の頭の中も変わっていますし。
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あまりにもおもしろい(=興味をそそる)内容なので遡っていくつか拝読させていただいています。また、勝手ながらリンクも貼らせていただきました。たびたびお邪魔することになると思いますがよろしくお願いします。