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人生にYES

『敷居の住人』 ~「君も生きていていいんだよ」~から続きます)

『敷居の住人』は確かに、登場人物の痛さが自分のものであるかのような親しさを感じさせる漫画でした。たとえば――
敷居の住人 雨
(クリックで拡大表示されます)
 (『敷居の住人』、4巻、2000、p.182)

初体験を直前で拒絶され、泣くしかない主人公・本田千暁。右は相手の(娘にこんな男がいたとも知らぬ)女の子の母親でしょう。ぽつぽつと雨も降り出します。
「涙のメタファーとして雨が降る」という演出だけなら、珍しいものではありません。ですが、ここでは雨は絵としてはそれほど描かれません。そしてこのモノローグ。

 こんなワタシを天は見離さないね
 ご丁寧に雨まで降ってきやがった

「雨が降る」のは単なる偶然で、それを「傷ついた心情を示す演出」になるのは、人が意味づけするからです。
それを作中で、本人が言ってしまっている。それによってかえって「これは人為的な演出ではない」という印象が作られる訳です。と同時に、泣いている自分をどこか遠くから見て、周囲の状況と重ね合わせる余裕がある自分がいる――そんな身に覚えのありそうな状況が見事に表現されています。

結局、本田君は必ずしも恵まれる訳でも(まあ彼女はできますが)、ましてやそんな人生を褒められる訳でもありません。現実的です。
しかし同時に、だからこそ「君も生きていていいんだよ」という生の肯定が感じられるというのも、あると思うのです。
生の肯定というのは何か報酬が得られることによってではなく、ただ端的に「生きていること」によってなされるべきでしょう。報酬というのは「得られない可能性もある」ことを思い出させます。それは条件付きの肯定(しかも、しばしば満たすのが難しい条件)にとどまります。

たとえば、屋根裏で家族に虐待されている少年が『ハリー・ポッター』シリーズを読んで、自分の境涯をハリーと重ね、「いつか自分にも魔法学校から迎えが来る」と思うのは、救いになるでしょうか。そんな空想をするほどに、「魔法学校からの迎えは来ない」現実を確認するたび、それはいっそう辛いものとなるのではないでしょうか。
天から降って湧いたように迎えが来るのでなく、「努力が報われる」類の話であっても、現実にはそんな風に努力できるとも限りませんし、それが報われる保証もありません。

ヒーローの活躍に勇気づけられることも学ぶこともあるでしょう。でも、それはあくまで「現実ではない」という自覚付きでのことです。

もちろん「ダメ人間であっても良い」訳ではありません。立派な人間になった方が「より良い」に決まっています。でもそれは「良い・悪い」とされるのはあくまで「生き方」です。大前提として「生きていても良い」のでなければ、生き方が良いも悪いも何もありません

でも――と、疑問に思われるかも知れません。
ただ「生きている」だけなら、肯定も否定もないのではないか、と。どこで肯定されていると思うのか、と。

それは多分、漫画のストーリーとして「語られる」ことによって、です。
「語る」ことは、「語っている内容が“語るに値するもの”だと告げること」です。

これだけ多くの人が自分のことを語ろうとするのも、おそらくそのためです――「自分はこれです」と言う、その言葉が誰かに届けば、「君はこれだ」という承認が得られると思うから
                           (芸術学3年T.Y.)

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青春の“身も蓋もなさ”

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