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裏・編集後記1 ~そもそもなぜインタビュー記事なのか~

芸祭で発売した、芸術学の学生が編集している雑誌『PLUS OPUS』は、現在本学の図書館に入っており、生協でも販売しています。外部への委託販売はこれからの予定ですが。

さて、この辺りで制作に関わる事情も含め、なぜこういうものを発行しているのかについて触れていきたいと思います。

先にまず事実を確認しておきましょう。この雑誌を制作しているのは芸術学の2・3年生で、全員必修の授業です。中心になるのは3年生です(4年生はもう卒業研究ですから)。後期には各自の研究発表があり、それがメインの活動いなりますから、カリキュラム上は前期の活動です。先生2人も顧問として名を連ねています。

さて、第一のポイントは「芸祭で発売する」ということで、いわば実技専攻における展示の代わりです。
そもそも大学祭で食べ物屋だけ出していれば良いのか、それで大学らしいのかという議論もあります(本学のいくつかのところでやっているような本格的な店舗を出すのは、それはそれで凄いと思いますが)。しかし、研究室で発表などやっていてもお客さんは入らないでしょう。動員数を問題にするわけではないとしても、誰も来ないとさすがに虚しい…
その点、学生としての本業(作品制作)がそのまま見せるものになるというのは、芸術系大学の大きな強みでしょう。
芸術学としても何か出したい…というのはもっともですが、まあこの点で言うと、実技の作品に比べればよそ行きという面が強いですね。われわれの本業はアカデミックな「研究論文」を書くことであって、こういうジャーナリスティックな雑誌作りは決して「普段やっていること」ではありませんから。

もう1つは本学の芸術学ならではの活動、つまり「アイデンティティ作り」ということです。芸術学はまだ創設10年目、他にない売りを積極的に作っていく必要があるというあるのかも知れません。


では雑誌の内実の話ですが、最近も「インタビュー記事(他には講義録や寄稿)がメインを占めている」のが意外だという意見を聞きました。もっと学生が書いているものかと思った、と(私も当初同様の感想でした)。
主な理由――

1. 学生が一から記事を書くのは困難である。
2. この機会に、普段は会えないような人に話を聞きに行くことができる。


2はまあ良いでしょう(「普段は会えないような人」に会うのが学業上どれくらい重要かという点に関しては意見が分かれるかも知れませんが)。

1については、「下手でもいいから学生が自分で発信していった方が良いんじゃないか」という意見も聞いたことがあります。しかしその答えを言えば、問題は「書いても下手である」ということではなく「書けないものは書けない」なのですね。何を書いたら良いか分からない、どうしても筆(キーボード)が進まない、というのは十分考えられることでしょう。

「でも、レポートだって書いているし、いずれ卒業論文だって書かなければならないだろう」と思われるかも知れません。しかしそれとこういうジャーナリスティックな記事は、やはり別物なのですね。
まあ確かに、ジャーナリスティックな雑誌でなければならないという決まりはありません。各学生の研究を利用して掲載したら、という意見も聞きました。しかし、この時期は3年生の研究発表より前なので、少々時期が悪い(3年生後期の研究は卒業論文の前研究という形で、だいぶ本格的になってきます)。
それに加えて――ここからは私個人の意見になりますが――、そんなことをしたくない学生もいるのも想像はつきますし、そんなアカデミックな研究を載せた、プチ紀要みたいな雑誌では、なおさら誰も読まないのではないかと思うのです。仮に内容は流用すれば済むとしても、校正し印刷所に持って行く手間はタダではないことを考えると、今ひとつやる気の起こらない話です。

『PLUS OPUS』の現状に戻ります。
いささか消極的な理由を示してしまいましたが、加えて言っておきますと、内容が相手が用意してくれるからといって、インタビュー記事が楽とは限らないということです。
録音したものを原稿にテープ起こしし、校訂を加える、というのはかなりの重労働です。しゃべったものをそのまま文章化していくと、短時間でもすぐに1万字、2万字になってしまい、量も半端ではありません。やる以前に、インタビュー相手の都合がつかないと予定がどんどんずれ込む恐れもあります。
そもそも、経験もない少人数の学部生だけでこんな雑誌を編集しているところはそうそうありません。そこから困難は察してください。

しかし、そこにこそ積極的な意味を見いだすこともできるのではないか、というのが、一通りやり終えた今の私の考えです。
そもそも、話言葉というのはかなり日本語として破格のことも多いのですね。また、口頭での話では繰り返したり、「さっき言い忘れた」といって話が戻ったり、飛躍したりすることも珍しくありません。さらに、先ほど述べたように総量も多くなります。それをきちんとした日本語に直し、要点を圧縮して、読めるようにまとめることができれば、どこに出しても恥ずかしくない文章は書けるようになるでしょう。

3. 日本語の書き方というのは、勉強しておいて損はない(もっと言えば、大学卒業までには習得しておきたい)もの。その場合「内容は用意されている」のは、悪いことではない。

+αでもう1つ。

4. 上手くできれば、インタビュー相手にも気に入ってもらえて普及してもらえることもあるようです。
                           (芸術学3年T.Y.)

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テーマ : 芸大・美大・その他美術系学校 - ジャンル : 学校・教育

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