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新条例と「なぜ」の問い

ついぞ話題になっている、「東京都青少年の健全な育成に関する条例」の改正案ですが、最近ようやく公開されている条文を見てきましたよ。
問題の箇所は、新改正案でも相変わらずのようです。

第十八条の六のニ
 2 都民は、児童ポルノを根絶することについて理解を深めその実現に向けた自主的な取組に務めるものとする。


他にも「保護者等は……適切な保護監督及び教育に務めなければならない。」(第十八条の六のニ)などいろいろありますが、要するに相互監視制度――五人組制ですね。

 十八条では「非実在青少年の肯定的な性描写」を含む「青少年性的視覚描写物」の蔓延を抑止することが都・事業者・そして全都民の「責務」とされているんです。これだと誰か1人が「不健全だ! なんでこんなものが書店や図書館においてあるんだ」といえば都や事業者はそれに従う義務ができてしまう。書店などに抗議すればそれで通ってしまうことになるんですね。「都条例で定められているじゃないか!」と。そうやってたとえ過剰な自主規制、過剰な書狩りが起きても、都のほうでは「いや、それは市民や業界が自主的にやっていることだから」と責任を取らないまま逃げてしまうことになる。それは恐ろしいことですよね。
 (藤本由香里インタビュー『非実在青少年読本』、徳間書店、2010、p.12)


これは旧改正案の話でして、非実在青少年云々は新改正案では登場しませんが、いかがでしょうか。

ただし、そもそも上の引用箇所に出てくる「児童ポルノ」と漫画やアニメの表現は別問題ですが。この話が児童ポルノに限られるのなら、まだ話は分かります(しかし、児童ポルノについては別に法律で定められているわけでして、なぜここで改めて都民に「自主的な取組」を求めるのかは分かりません)。
そしてこの後、「インターネット利用環境の整備」では、「インターネット利用に係る都の責務」「事業者の責務」「保護者等の責務」が原稿よりも大分詳細に規定されているわけですが…

第十八条の七 ……事業者は、青少年のインターネットの利用により青少年の売春、犯罪の被害、いじめ等様々な問題が生じている実態を踏まえ、……


「様々な問題が生じている実態」がすでに既成事実扱いです。
たしかにネットが絡む事件は色々と起こってますが、当然のこと、事件の原因はネットばかりではないでしょう。

一方で、

第三条 この条例の適用に当たっては、その本来の目的を逸脱して、これを濫用し、都民の権利を不当に侵害しないように留意しなければならない。


という規定(ほぼ現行のまま)もあります。

結局問題なのは、実は「表現の自由」ではありません。自由権は「公共の福祉」により制限を受けることもあります。問題は「ではなぜ制限しなければならないか」――つまり「なぜ」の問いです。

はなぜあるのか。
なぜこうなった、どうすればいい、しかじかの解決法を選ぶのはなぜ――この「なぜ」の問いに答えなければ、法の法たる価値はありません

「都民」が「なぜ規制しなければならないか」という問いを持ち、濫用しない責務を担うのならば、救いはありうるでしょう。
しかしそれだけの意識があるのならば、そもそもなぜこんな奇妙奇天烈な規制条項が成立するのか、それが分かりません。

第七条
 一 青少年に対し、性的感情を刺激し、残虐性を助長し、又は自殺若しくは犯罪を誘発し、青少年の健全な成長を阻害するおそれがあるもの
 ニ 漫画、アニメーションその他の画像(実写を除く。)で、刑罰法規に触れる性交若しくは性交類似行為又は婚姻を禁止されている近親者間における性交若しくは性交類似行為を、不当に讃美し又は誇張するように、描写し又は表現することにより、青少年の性に関する健全な判断能力の形成を妨げ、青少年の健全な成長を阻害するおそれがあるもの


裏を返せば、どんな内容を表現していようが、それにより「青少年の性に関する健全な判断能力の形成を妨げ、青少年の健全な成長を阻害するおそれ」がない、と判断されれば許されるということです。
しかし問題はまさにそこにあります。

まず「おそれがあるもの」が存在するという根拠は何でしょうか
つまり、ここに指定されているような漫画やアニメーションの表現が「青少年の性に関する健全な判断能力の形成を妨げ、青少年の健全な成長を阻害する」と考えるのはなぜでしょうか。
漫画やアニメーションの中である性行為が「不当に讃美」または「誇張」されていることで現実の青少年に影響を与えるという根拠も不明ですし、特に「刑罰法規に触れる」性行為と「近親者間」の行為だけが取り上げられる理由も不明です。

これが「小論文」の試験で私が予備校の講師なら「その辺の『なぜ』をもっときちんと説明しましょう」とコメントします
条文の外でその辺の「なぜ」が論議されているのなら話は別ですが、残念ながら聞くのは逆の話――つまり不明だという話ばかりです。

そしてここで、もう一つの「なぜ」が登場します。
それは、そもそも誰が、どんなメリットがあると思ってやっているのか、ということです。
私利私欲を満たすべく奮闘している奴がいる、というのなら(良い悪いは別にして)話は分かります。しかし、誰が得をするのか想像がつきません。
都知事の石原慎太郎だって、これで得るメリットがないんですよ。
結局、誰もがわからずにやっている、つまり「なぜ」の問いを立ててもいないのではないか、と考えざるを得ません。
おそらく、権力は「誰かの手」に握られているわけではないのでしょう。

ミシェル・フーコー「少なくとも私たちのヨーロッパ社会においては、権力というのは政府の手のうちに局在化され、行政、警察、軍隊といったまったく特殊ないくつかの機関を介して行使されるものだ、と考える習慣があります。
 ……
しかし私の考えでは、政治権力はわれわれの内のいたるところで、一見すると政治権力とは通ずるもののなさそうな、いくつかの機関を介して行使されるのです。それらの機関は独立しているように見えますが、実はそうではないのです」
 (ノーム・チョムスキーとの対談、You Tubeに画像あり







                           (芸術学3年T.Y.)

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Author:T.Y.
愛知県立芸術大学美術学部芸術学専攻卒業。
2012年4月より京都大学大学院。

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