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いつものことながら、大学とは何をするところか

山一証券が経営破綻したのは私が高校生の頃――1997年でした。
10年一昔とすれば一昔どころかもっと昔のことになりますね。

それで当時は「一流大学を出て大企業に就職しても安心とは言えない時代になった」とか、随分騒がれた覚えがあります。
まあこれに対しては「中小企業はもっと潰れている(だから勉強して大企業に入る意味はある)」という反論もありえたわけです。
ただいずれにせよ「一流大学に入学する→大企業に就職できる」という接続自体は、まだあまり疑問視されていなかったように思いますね。

近年の大学生を取り巻く就職事情の厳しさの報道を聞くと、もうそういう問いの立て方が疑問視されるようになった感があります。

実は企業の求人はそう減っておらず、分母が、つまり大学生が増えたのだという事実もあり、またなおも見えないところで学歴による選別(エントリーシートを送っても大学名で落とされるという類)もあるともことですが、にもかかわらず、一流大学なら就職安泰というわけでもありません。
いずれにせよ大学が増えすぎた、大卒はこんなに要らない、と言うのは簡単なんですが、これは「大卒=エリート」という旧来の考え方に縛られてはいないでしょうか。
大卒がエリートである“べきだ”と考えるなら、エリートはそんなにたくさん必要ないわけですが、現実を優先するなら、「大卒がもはやエリートではなく、ありふれたものになった」と考えるべきでしょう。
現実問題として、高卒の求人などなおさらないわけです(アルバイトならたくさんありますし、フリーターというのは本当に生き方としてまずいのか、といった論議もありますが、それはまたの機会に)。
だがそれにはそれで訳がある、としたら――

 高校の現場では「優秀な生徒でも受からない」と、現状を熟れ憂いている。しかし、企業サイドからこの現象を見ると、全く違う側面が見えてくる。
 「何も考えていないようにしか見えない」
 「簡単な一般常識テストをしても、全然できない」
 面接に来る高校生を、採用担当者の多くはこう表する。さらに手厳しい声もある。
 「コミュニケーション能力が決定的に欠如しているのです。自ら話せない。面接でろくに会話にならないということがざらにある」
 「われわれに『見られている』という意識がない。だから、第一印象は最悪です」
  (大久保幸夫編著『新卒無業。なぜ、彼らは就職しないのか』、東洋経済新報社、2002、pp.28-29)


が、ここで意見が来ます。
そういう学生を大学に行かせても、「一般常識」や「コミュニケーション能力」においてマシになるわけではない、それよりも終業経験を積むべきだ、と。
大学の教育が全てそういうものかどうかはともかく、終業経験を積むということについては一理あるでしょう。

 大学生の無業者比率が高いのは、大卒者の求人が少ないからということだけではなく、大学生に、なぜ仕事をするのか、どんな仕事をしたいのかという就業観やキャリア意識が弱いことも影響している。
 ……
 就業観を育てる原点は、仕事というものについて真剣に考え、悩むことである。・・…
 ドイツでは一○歳のときに、道を選ぶ機会がある。卒業後に就職して職業訓練を受けながら生活していくハウプトシューレという学校に行くか、大学進学希望者が主に進むギムナジウムという学校に行くかを選択する。ハウプトシューレを選んだ生徒たちは、そこで実践的な職業訓練を受け、早い人は一五歳から学校に通いながら働き始める。
  (同書、pp.206-207)


このドイツの例はしばしば引用されてきました。しかし…

 私は、「PISA調査」の結果はトラッキング(能力や進路の差によってコースを振り分ける教育)の敗北を意味していると思います。……
 もっとも深刻なPISAショックを受けたドイツでは、小学校四年の成績によって、大学準備のエリート教育を行うギムナジウム、職業技術の教育を行うレアル・シューレ(実科学校)、学力の低い子どもを集めるハウプト・シューレ(基幹学校)に三分されています。……
 そのドイツでは「PISAショック」が激しかったのは、低学力の生徒が集まるハウプト・シューレの生徒の学力が低迷しただけでなく、エリート教育を行っているはずのギムナジウムの生徒の成績が、エリート教育を行っていないフィンランドやカナダの上層の成績より下回ったことでした。
  (佐藤学『習熟度別指導の何が問題か』、岩波ブックレット、2004、pp.19-22)


 ……ドイツの低学力の子どもの通うハウプト・シューレでは一年生(日本では小学校五年生)から後者の隅で絶望と厭世によって結ばれた仲間とタバコを吸ってたむろしていました。ハウプト・シューレは「ドイツのゴミ箱」と呼ばれています。彼らの厭世気分は当然であると、校長も教師たちも語ります。彼らは卒業しても就職口はなく、ハウプト・シューレに入学したことによって未来を奪われているのです。PISAショック以後、ドイツの教育関係者たちは、子どもたちを基礎学校の終了時点(小学校四年生)の学力によって三つの中等学校に振り分ける能力差別のシステムをどう改革するかを苦慮しています。他人事ではありません。日本の高校ではドイツのハウプト・シューレ以上の現実が存在しています。
  (同書、p.69)


どちらがどれだけ実態を正確に報告しているのか、私には知る由もありませんが、「高等教育と職業教育の分岐」という考え方自体が、旧時代の遺物となっている感はあります。
本当に就業経験と職業教育が必要なら、それは高等教育と二者択一であるべきではありません。

…といったことを踏まえて『就活エリートの迷走』(豊田義博)――特にインターンシップに関する提言――を読むと、また面白いものがあります。
                           (芸術学3年T.Y.)

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T.Y.

Author:T.Y.
愛知県立芸術大学美術学部芸術学専攻卒業。
2012年4月より京都大学大学院。

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