FC2ブログ

合理の外の身体

さて、養老氏の『カミとヒトの解剖学』の、先日引用した箇所の直前には、気になる記述がありました。

 学生がやってきて、証人になってくれと言う。自分はヨガを学んでいる。ヨガの先生が一時間、水の底に潜ったままで過ごす。もちろん酸素ボンベなどは身につけない。その公開実験をするから、ついては実験にぜひ立ち会っていただきたい。そう私に言うのである。
 一時間も呼吸をしなければ、人間死んでしまうではないか。私はヤブ医だが、そのくらいのことはわかる。ところが、そんなことはありません、自分の通っている道場では、空中浮揚など日常的ですと言う。身体が宙に浮くらしい。空中浮揚が日常的だと、そうして呼吸をしないで一時間いられるのか。その関連がいま一つわからない。
 この学生に、ヨガをやってなにか具体的に得るところがあったか、と尋ねた。そうしたら「食欲と性欲がなくなりました。おかげさまで食事は一日一回で十分です」と言う。この男、なにを楽しみに生きているのか。そんな俗なことを考えているところに、たまたま宇宙医学の専門家が入ってきた。「なに、ものを食わない、身体が宙に浮くって。そりゃ宇宙飛行士にもってこいだ。ロケットもいらないじゃないか」。最近の若い人の考えは、私にはよく理解できない。そろそろ私も教師を辞めたほうがよいのではないかと思う。
  (養老孟司『カミとヒトの解剖学』、ちくま学芸文庫、2002、p.132-133)


この文章の初出は1989年(『月刊ASAHI』10月号)とあります。
どうもこの「ヨガの道場」が、オウム真理教の道場だったのではないかと。
実際、東大を退職した一つの理由はオウム事件で、「任に耐えないと思った」と養老氏はどこか別のところで書いていました。

そして――

 オウム真理教は、言うまでもなくあらゆる意味で大きな問題でした。が、私はそれをどう考えるべきか、なかなか整理がつかなかった。私が教えていた東大生も、ずいぶんと引っかかった。どうして、あんな見るからにインチキな教祖に学生たちが惹かれていくのかがわからなかったのです。
 しかし、竹岡俊樹氏の『「オウム真理教事件」完全解読』(勉誠出版)を読んでようやく納得出来た。竹岡氏は考古学を選考している方で、この本ではその考古学の手法でオウム真理教を分析して見せます。
 ……
 彼は、信者や元信者らの修行や「イニシエーション」についての体験談を丹念に読み込みました。その結果、「彼ら(信者)の確信は、麻原が教義として述べている神秘体験を彼らがそのままに追体験できることから来ている」と述べています。つまり、麻原は、ヨガの修行だけをある程度きちんとやって来た、だからこそ修行によって弟子たちの身体に起こる現象について「予言」も出来たし、ある種の「神秘体験」を追体験させることが出来たのだ、と結論付けています。自らの身体と向かい合ったことのない若者にとって、麻原の「予言」は驚異だったことでしょう。
 ……
 ここでのキーワードは「身体」だったのです。
  (養老孟司『バカの壁』、新潮新書、2003、pp.88-90)


竹岡氏の分析するオウムの実態が「身体」の問題のみに還元できるかどうかはともかく、オウムがそれなりに「きちんとした」手続きをもって説得力を発揮していたこと、そしてそれは「合理的に考えれば、おかしいことが分かるはずだ」という次元の事柄ではなかったことは、確認しておく価値があります。

それでも「『神秘体験』なんてのは単なる身体の変状で、それとオウムの教義は結び付かない」と「合理的」な批判をする方は、以下のような例を考えてみてください。

身に覚えのない件で拷問を受けている人がいるとします。拷問方法は何でも良いでしょう。
が、拷問吏が魔法の杖を一振りすると、拷問による身体の傷はたちまち治ってしまう
この設定がファンタジーに過ぎると思うならば、実際には身体を傷付けずにバーチャルに痛みを感じさせる装置を想定しても良いでしょう。切断されてもはや存在しない四肢に痛みを感じる「幻肢痛」という症状があるくらいなので、これは考えられない話でもありません。
そこで「痛みなんてのは脳内物質の働きに過ぎない。それとやってもいないことを自白するのとは関係ない」と、「合理的に」言えるのかどうか、ということです。(自白したからと言って拷問吏が楽にしてくれる保証がないのは事実です)

あるいはまた、あなたが医者であった場合、幻肢痛を訴える患者を「身体に異常はないのだから、そんな痛みは錯覚だ」と言って放り出せるのかどうか――

「オウム真理教事件」完全解読「オウム真理教事件」完全解読
(1999/11)
竹岡 俊樹

商品詳細を見る

                           (芸術学3年T.Y.)

にほんブログ村 哲学・思想ブログ 哲学へ
にほんブログ村 人気ブログランキングへ

テーマ : 芸大・美大・その他美術系学校 - ジャンル : 学校・教育

コメント

コメントの投稿

管理者にだけ表示を許可する

トラックバック


この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー) URL

プロフィール

T.Y.

Author:T.Y.
愛知県立芸術大学美術学部芸術学専攻卒業。
2012年4月より京都大学大学院。

当ブログはリンクフリーです。

引用もフリーです(出典明記していただけるとより有難いですが)。

コメントは返信しないことも多いですが、基本的にちゃんと読んでいます。

実名での仕事
7ページだけですが、拙稿が掲載されています。
メールフォーム

名前:
メール:
件名:
本文:

FC2カウンター
カレンダー
04 | 2021/05 | 06
- - - - - - 1
2 3 4 5 6 7 8
9 10 11 12 13 14 15
16 17 18 19 20 21 22
23 24 25 26 27 28 29
30 31 - - - - -
最新記事
最新コメント
最新トラックバック
カテゴリ
参考文献
私が展開している思考の拠り所など(一部)。
スポンサー広告