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ここでいう「日本人」とは一体誰か

つくられた桂離宮神話 (講談社学術文庫)つくられた桂離宮神話 (講談社学術文庫)
(1997/01/10)
井上 章一

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近年は『パンツが見える。 羞恥心の現代史』(朝日新聞社)や『性的なことば』(講談社現代新書)等で日本における「性の歴史」をも扱っている井上章一氏ですが、本来の専門は建築史。これは名著です。
ここで言われている「神話」というのは、「ドイツの建築家ブルーノ・タウトが桂離宮の“日本的美”を“発見”し、それによって桂離宮は人気になった」というものです。

検証のポイントは主に、以下のようなところですね。
・日本で紹介されたのは本当にタウトによる桂離宮の評価だったのか。実はモダニズム建築の意向が強く反映されている。
・タウト以前には桂離宮は評価されていなかったというのは本当か。
・タウトの影響は一般の観光人気にまで及んだのか。

当時の雑誌から江戸時代の観光ガイドまで文献を漁って、これらの点について「神話」を解体していく様はスリリング。

さて、ここで引用したいのは桂離宮に関する話ではなく、以下のような箇所です。

 ここに、「日本文化のゆくえ」と題された一文がある。終戦後まもないころに、新聞紙上に発表された会話体の戯文である。左にこれを紹介しておくが、そのきどった口調がおもしろい。

  ツン子夫人 浮世絵だって、フェノロサに教えられて、日本人ははじめてその価値を知ったのでしょう。
  カバオ教授 そう、西洋人のほうが、かえってよく、日本文化のいいところをみとめています。クロオデルなんか、お能に非常に感心していた。

 話題は、ここでも、西洋人の優越性である。西洋人の啓蒙こそが、日本人に日本文化の美点をおしていくと語られる。さらに、引用をつづけよう。

  マルヤ夫人 シャリアピンは、とても、雅楽をほめたそうですね。
  ツン子夫人 コクトオは、菊五郎の鏡獅子に感激していましたわ。
  カバオ教授 桂離宮の美しさを日本人に教えてくれたのは、タウトでした。日本人のくせに、日本文化の美しさを西洋人に教えられるなんて、ほんとにはずかしい話じゃありませんか。

 これは、あきらかにパロディーである。ツン子だとかカバオなどといったネーミングにも揶揄の意図がある。作者は、右のような会話をしたがるひとびとをからかっている。そのきどった語り口を皮肉っている。
 しかし、こうした会話文がパロディーたりうるという点はみおとせない。それは、カバオ教授たちのような話をするものがかなりいたということをさししめす。(……)
 だとすれば、タイトの「発見」が特筆される背景にも、この常套句があったとはいえないか。日本人の排外意識を批判する。西洋人コンプレックスをなじる文章を書いていく。そのためには、西洋人に弱い日本人がちゃんと存在していてくれなければならない。批判対象があるていどの存在感をもっていなければ、批判文は成立しないのである。
 (……)
 もっとも、こうした議論でイメージされている日本人は、じっさいには日本人いっぱんではないという可能性もある。日本人は西洋人に弱い、この文脈でつかわれる「日本人」は、すべての日本人を意味しない。一部の知識人だけをさししめす。そういう前提を、論者たちは暗黙のうちにもっているのかもしれない。換言すれば、一部の知識人以外は日本人ではないとする前提を、である。こう解釈すれば、タウトに桂離宮を「発見」された日本人という議論にも、うなずけなくはない。
  (井上章一『つくられた桂離宮神話』、講談社学術文庫、1997、pp.233-236)


まことに、「西洋人に言われなければ自国文化を評価できない日本人」とは一体、誰なのでしょうか

たとえば――
この常套句は最近では、漫画やアニメ――サブカルチャーについて言われていたのが比較的記憶に新しいことです。
しかし、その漫画やアニメを普段から愛好しているファンにとっては、「海外で評価された」ことなど、関係のないことでしょう。人気が出てくるとネームバリューに引っ張られる人は少なからず存在しますが、海外での評価など日本国内では極めてマイナーな話題で、影響は小さいでしょう。
では評論家は? マンガ評論という分野はそれなりの規模がありますが、やはりほとんど日本国内に閉じています。密かに「海外での評価」を考慮している評論家も、もしかしたらいるのかも知れませんが、あまり関係はないのではないかと思われます。

加えて、(少なくとも現代日本では)サブカルチャーにおける「批評/評論」の力は小さいものです。
批評家に求められるのは「自分なりの価値基準を持っていること」ですから、別にその価値基準が「広く人気のあるもの」と一致しなくとも構わないでしょう。しかし、「批評が鑑賞者に大きな影響力を持ち、作品と批評が手を取り合ってネームバリューを獲得した」というケースがあるかというと、まあ、あまりないのです。

結局、「海外で評価されて初めて漫画やアニメの価値を知る人」は、普段漫画やアニメにあまり縁のない人でしょう。ならば、「海外での評価」くらいしか基準がないのもうなづけます。
そもそも、問題になっていたのは「日本の漫画やアニメの中でどれが優れた作品か」ではありませんでした。それならまだ国内での一般人気や批評を基準にすることもできます。
「日本の漫画・アニメは世界的に見ても素晴らしい、グローバルな価値(これもよくわからない概念ですが)を持っている」――そういうことなら、「実際に海外で評価されたこと」しか基準がないのは当たり前です
現実に評価される前に「海外進出できるはずだ」と主張して、その後実際にそうなったら大したものですが(そういうケースもないではありません)、「じゃあ現実には紹介が進んでいないのはなぜだ」と問われたら…経済障壁というのも今や考えにくい。
結局、「海外紹介が進む一歩前に貝が進出を予言できるか」という、時間差の問題にしかならないのではないでしょうか(別に「先見の明」が偉くない、というわけではありませんが)。

それから、博物館に入れることをもって「価値を認めた」とするならば、大きなお世話だ、漫画は博物館に入れたら読めない、それでは台無しだ、とお答えしたいところです。
                           (芸術学3年T.Y.)

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Author:T.Y.
愛知県立芸術大学美術学部芸術学専攻卒業。
2012年4月より京都大学大学院。

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