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まどか☆マギカ――「大人の意見」ですら…

疲労の積極性に引き続き、アニメ「魔法少女まどか☆マギカ」の話です。

ちょっと後半を先取りした話もしてしまいましたが、また順次話を追って行きましょう。
ところで、基本的には録画したものを観ているので、アニメ画面を観ながらPCに向かえることはなかなかなく、画面観ながらメモを取っているほどの暇もないので、台詞は100%正確に再現できているわけではないと主増すが、ご容赦を。(可能なら追って修正するかも知れません)

以下ネタバレあり




第3話まで示されていましたが、まどかの友達・美樹さやかには上条恭介という幼馴染の男の子がいました。彼は天才ヴァイオリニストとして将来を嘱望されていましたが、事故に遭って大怪我をし、手が動かなくなっていました。
しかし、恭介の手を治すという願いは可能か、と思ってさやかが問うと、巴マミ先輩は、願いとして叶えることは可能だと答えた上で、言いました。

「でもあなた自身はそれでどうなりたいの? 彼を助けたいの? それとも彼の恩人になりたいの? そこをはっきりさせておかないと、きっと後悔する」

あんまりな言いようと思えますが、しかし、これが重要なことだったのです。

第4話「奇跡も、魔法も、あるんだよ」
マミ先輩の死で、魔法少女になることの過酷さを知ったさやかですが、もうヴァイオリンを弾けないことに絶望する恭介を見て、キュウべぇと契約する決心をします。
一方まどかは、もう一人の友達・志築仁美(まどか・さやかと三人で登校しているシーンが何度か描かれていました)が「魔女の口づけ」を受け、集団自殺をしようとしているのを見かけます。
止めようとしますがどうにもならず、魔女に襲われて危ないところに、魔法少女になったさやかが助けに現れます。
さて一方、巴マミの死を聞いて、空いたテリトリーを狙い別の街からやって来た新たな魔法少女・佐倉杏子が登場、「ルーキー(=さやか)に譲るのももったいないな…」と不穏なことを言っているところで引きとなります。

第5話「後悔なんて、あるわけない」
色々ありますが…山場はさやかと杏子の対決ですね。魔女から分裂した「使い魔」(人を取り殺すことで成長し、やがて魔女になる。使い魔の時にはまだグリーフシードを持っていない)をさやかが倒そうとしたところに杏子が乱入、使い魔を逃がします。
杏子の曰く、「何人か殺して魔女に成長してから倒して、グリーフシードを手に入れるべき」なのですが…正義感の強いさやかはそんなことを認められるはずもなく、戦いになります。
ベテランの杏子の方が腕は遥かに上ですが、「癒しの祈りで魔法少女になった」さやかは回復力が強く、容易には倒れません。
「言ってわからねえ、痛めつけてもわからねえバカは……殺すしかないってか」と、本気で殺しにかかる杏子。
「止めに入りたいなら、君が魔法少女になれば…」と、ここに及んでいつもの調子でまどかを勧誘しようとするキュウべぇ
が、一貫して「まどかが魔法少女になる」ことを防ごうとしていた暁美ほむらが登場、戦いを止めに入ります。

第6話「こんなの絶対おかしいよ」
ほむらは「私は争いを好むバカの敵」と言って両者に手を引かせますが、その後杏子に接触。杏子を「魔法少女としてこの街を任せる」には適任と判断したようで、さやかのことは自分が何とかするから、その代わり近々やって来る「ワルプルギスの夜」(この時点ではまだ説明がありませんが「超弩級の魔女」とのこと)に対抗するため共同戦線を張ろう、と話を持ちかけます。

一方、最初からほむらにも不信感を持っていたさやかは、いささか思い込みの激しい性格もあって、「マミ先輩以外の魔法少女はみんなあいう(=杏子のような)やつなんだ」と思い、こちらも強硬な対決姿勢を示します。
「さやかちゃんは魔女を倒すために魔法少女になったんでしょ、同じ魔法少女と戦うためじゃないでしょ」と言うまどかの声も届きません。

ふとした機会に、「魔法少女」等の具体的な事実は伏せて、まどかは母・鹿目詢子に相談します。

「あたしの友達は、正しいことをしようとしてるんだけど…」

詢子は答えます。「世の中、正しいだけじゃうまくいかないのさ」
「どうしたらいいの?」と問うまどかに、詢子は「まどかがその友達の分まで、間違ってあげればいい」と。
「大人になるとなかなか間違えなくなるのだ。だから子供の内に、間違っておきな」

さて、ほむやのやり方を「手ぬるい」と見た杏子は、さやかを挑発して戦いに誘います。
「正義だの甘っちょろいこと」を嘲弄し、「魔法の力は自分のためだけに使うべきだ」と。そして、恭介に関しても、「自分のものにしたいなら、今すぐ魔法少女の力で乗り込んで、手足を叩き潰して、一生自分の介護なしじゃ生きていけないようにしてやればいい」と…「何ならあたしがやってやろうか?」

決闘確定…も、またほむらが登場、「いったん私に任せて」と言います。
しかしその傍らで、まどかは一つの決意をしていました。
さやかが変身しようとしてソウルジェムを掲げた途端、走り寄ってソウルジェムをかすめ取り、投げ捨てました。
魔法少女の力さえなければ…と思ったのでしょう。

しかし…投げ捨てられたソウルジェムが橋の下を通ったトラックの荷台に乗って走り去ると、さやかは息絶えて倒れてしまいます
ここで、キュウべぇとほむら以外は知らなかった事実が明かされます。
ソウルジェムは魔法少女の魂そのものを抜き取って形にしたもので、それなしの身体は抜け殻に過ぎず、ソウルジェムから100mも離れれば操作不可能になること。その代わり、たとえ心臓を貫かれようと、ソウルジェムさえ無事ならば身体は魔法で修理してまた戦えること。
さすがに杏子も「ふざけるな! それじゃああたち達、ゾンビにされたようなもんじゃねえか!」とキュウべぇに詰め寄ります。
実際、ほむらがソウルジェムを取り戻して来ると、さやかは目を覚ますのですが… (引き)


「大人の意見」による希望をもただちに打ち砕いて、さらなる過酷な真実を露呈させる――「希望を持たせて、落とす」展開はさすがとしか言いようがありません。


また、小ネタとしてはなかなか興味深いことが満載ですね。
例えばキュウべぇは「キミたち人間は、身体が破壊されれば魂まで消滅してしまう」と言い、だからそうならないようにしてあげたのだ,と言うのですね。
「なぜ人間が“死後の生”や“魂の存続”を信じるようになるのか」というのは一筋縄ではいかない問題ですが、心身二元論――「精神と身体は別物である」と考えると、「だから一方が滅びても、もう一方は存続する」と考える向きは、確かにあります。
が、もちろん、別物だからと言って、一方が他方に道連れにされないという保証はありません

逆に、もし心身二元の独立を進めたらどうなるのか。
魂のない物質としての身体は機械のようなものであり、そこに物質とは厳密に区別される精神が宿る、というデカルト流の二元論を、ギルバート・ライルは「機械の中の幽霊」説と呼んで批判しました。
実際、機械の中ならぬ、抜け殻を操る魂になるというのは、まさにゾンビになるようなものではないでしょうか。

また、「キミたち人間は」と言うからには、(魔法少女以外にも)「肉体が滅びても魂は存続する存在」が、「まどか☆マギカ」の世界にはあるということなのか…
これはキュウべぇの場合「個体の身体」は滅びても、「全体の意識」は存続していることを指していたのか、さらなる読み込みの可能性があるのか、その点は保留とさせていただきます。


どうもストーリーのまとめと細部のことばかりになってしまいましたが、次回以降はメインテーマにもっと触れる…といきたいものですね。
                           (芸術学4年T.Y.)

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まどか☆マギカ――取り返しのつかないもの=奇跡

前回に引き続き「魔法少女まどか☆マギカ」の話です。 以下ネタバレあり
プロフィール

T.Y.

Author:T.Y.
愛知県立芸術大学美術学部芸術学専攻卒業。
2012年4月より京都大学大学院。

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