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まどか☆マギカ――取り返しのつかないもの=奇跡

前回に引き続き「魔法少女まどか☆マギカ」の話です。

以下ネタバレあり






「キュウべぇと契約して願いを叶え、魔法少女になる」ことは、文字通りの意味で「魂と引き換えに願いを叶える」ことでした。
「僕と契約して魔法少女になってよ」はまさにメフィストフェレスの誘惑だった、というわけです。


第7話「本当の気持ちと向き合えますか?」
さすがにこの真相の衝撃が大きかったのか、戦いはもう行われなかったようですが…ショックの大きいさやか。
そして、「騙したのね」と言われると、「訊かれなかったから」言わなかっただけ、と平然と答えるキュウべぇ…

そして、この回から杏子の印象も大きく変わります。
後日、再び現れ杏子はさやかを荒れた教会の建物に連れて行き、自分の話を始めます(この教会がまた、日本の町の小さな教会のはずなのに、ゴシック風の装飾的な建物だったりするのですが…)。

――杏子の父は聖職者で、「新聞の事件を見ては心を痛めているような」真面目な人物だった、と言います。やがて「新しい時代には新しい信仰が必要だ」と言い出し、教義にないことまで説教で話し始めました。その結果、信者は離れていき、ついには本部にも破門されて、佐倉家は一時期、生活苦に喘いだ、ということです。
「親父は正しいことを言ってるのに、聞いてくれさえすればそれがわかるのに」――杏子は当時の自分の想いをそう語ります。
そんな時、杏子の前にキュウべぇが現れました。そして杏子は「みんなが親父の話を聞いてくれるように」と願いました。それ以来、教会は信者でいっぱいになりました。「親父は表で説教、あたしは裏で魔女で倒す。こうやって世界を守るんだ、って思ってた」。
しかし、真相を――皆が自分の話を聞きに来ていたのではなく、魔法に操られて来ていたのだと――知った父親は、杏子を「人を誑かす魔女」と罵り、荒れ、最後には杏子を残して一家心中してしまった、ということです。

「あんたはあたしと同じ間違いから始まった。だから見てられないんだよ」と、杏子はさやかに言います。
誰かのためを祈るほどに、その分だけ呪いを生み出してしまう、それがあたしたち魔法少女だ」――だから、さやかも今度から、自分のためだけに力を使えばいい、と言うのです。「あんたはもう大きすぎる代償を払ったんだ」。
しかしさやかは、杏子を誤解していたことは謝りつつも、「自分のために力を使うこと」は拒否します。

ところが…さやかは友達の志築仁美から告白を受けます。さやかが「魂と引き換えの」願いで救った幼馴染・上条恭介のことが好きだ……と。
仁美はさやかの気持ちを知った上で、「恭介さんと向き合ってきた時間はさやかさんの方が長いはずです。だから抜け駆けすべきではないと思いました」と言って、「明日の放課後、恭介に告白する」ので、さやかはそれまでにどうするか決めるように、と迫ります。
でも……さやかとしては、もう恭介に告白することはできません。自分がもうゾンビのようなものだと知ってしまった今では

前回に続き一貫して「正しいことを言って、しているはずなのに、うまくいかない」というテーマですね。
さやかは当初、「自分が恭介の恩人になりたい」わけではなく、ただ「恭介が“ヴァイオリンが弾けない”という絶望から救われてくれれば」いいと思っていました。でも、こんな現実に直面してみると…
「自分がこんなにしてやっているのに報われない」と恨んでしまう、人は浅ましいものだ――と言って終わるわけにもいきません。確かにそういう思いを抱くことはよくありますが、現実にも常に「“人のため”は“呪い”を生むだけ」かと言うと、そうとは言えないでしょう。

この点を7話の内容に沿って掘り下げるならば、杏子の話から触れていった方が良さそうです。ついでに、演出についても少々。

まず、杏子はよくポッキーをくわえていたりして、圧倒的に食べているシーンの多いキャラです。しかも、ほかのキャラよりもずっとガツガツと。この話をする時にもリンゴのいっぱい入った袋を抱えていて、さやかが薦められたリンゴを拒否して投げ捨てると「食べ物を粗末にするんじゃねえ!」と怒ります
父親が信者にも本部にも見捨てられて生活が苦しかった時の回想では、食事がリンゴ一個になっているイメージ映像もあり、食べ物は彼女のほとんど原点とも言える執着を象徴しているようですね。
そして、回想シーンがまた独特のもので、人物は操り人形の姿で表され(下に操っている手まで描かれる場面もあります)、台詞として現在の杏子の一人語りが流れるだけ、過去の具体的な情景などは一切描かれません。
巴マミ先輩が魔法少女になった時の回想では、具象的な(つまり、現在の普通の場面と同じ)絵柄で「事故に遭って大怪我をし、倒れている」らしい当時のマミや、そこに現れたキュウべぇの姿がフラッシュバック的に映り、「私には他に選択がなかった」というマミの(きわめて簡潔な)解説があったのとは対照的です。
こうした演出は遊び的なものもあり、全てに意味を読み込むのは難しいかも知れませんが、これによっていくつかの点について、詳しい状況は語られないままになっていることは確かです。

そもそも杏子は「奇跡によってでも何でも、一度親父の話を聞きに来てくれれば、それで“親父は正しいことを言っている”のが分かり、説得されたり感銘を受けたりしてくれるはずだ」と思っていたのでしょう。ですが実際には「皆はただ奇跡の力に操られて教会にやって来ただけで、いつまで経っても杏子の父親の話は耳に届いていなかった」のか――それとも、杏子の父親がそう解釈しただけなのか。この辺は不明です。
教会に詰め掛けた信者は全員目がリンゴになっているというイメージ映像になっていました。これは「“見る目”を失っている」という象徴とも取れます。しかし、漫画的表現で、恋に目がくらんでいる時には目がハートマークになったり、金に目がくらんだら目がドルマークになったりしますが、この場合、信者たちは「リンゴに目がくらんでいる」わけではなく、リンゴはただ上記の演出から流用されているだけなので、確証は持てません。

ただいずれにせよ、杏子が望んだのは「みんながまた親父の話を聞きに来てくれますように」というところまででした。その後、みんなの耳に話が届いているかどうか、さらに父親がその事態をどう解釈するかまでは、祈りの範囲外でした


いささか奇妙な取り合わせですが、このテーマは以前触れた『まほう少女トメ』(今月最終回でした)に接近します。時期も被っていた上、どちらもダークなテーマの魔法少女もので、「願いを叶える」ことがテーマとは数奇なものですね。
もちろん、『トメ』の方は「まほう少女」のトメが魔法で人の願いを叶えていくのに対し、「まどか☆マギカ」では「願いをかなえて魔法少女になる」わけで、事情は大きく違いますが。
『トメ』はまさしく、「願いを叶えたことから来る思いがけない帰結」を描いた話です。
そもそも、トメが本当にまほう少女だと信じていない人が多くて、適当な願い事を言うのがさらに厄介なのですが、そもそも、例えば「不死身になる」という願いが叶ったら具体的にどうなるのか等という、人類史上誰も経験していないことの帰結は予想のしようがありません

そう、「思い通りに行かない」のは、よくあることです。
中にはちょっとした間違いから「取り返しのつかないこと」が生じることもありますが、多くの場合、無数の「思い通りに行かない」を常に修正しながら、人は生きています
しかし、叶えられる願いはただ一つ。それでいて奇跡の力は、他の何物も及ばないほど大きく、代償も他では贖えないものです。だから奇跡は取り返しがつかず、修正が効きません


……誰も読んでないだろうというくらい長くなってしまいましたが…とりあえずこの辺で一区切り。でもまだ続きます。
                           (芸術学4年T.Y.)

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