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「王様は裸だ」と言うべきか言わざるべきか

明後日からの教育実習に備えて、生徒の前で喋ることなどを考え中です。
多少は何かウケそうなネタを用意しておくべきでしょうか。
道具ももう少し、明日買っておくべきものがありそうです。

 ~~~

さて、童話『裸の王様』は誰もがご存知と思います。
王様が詐欺師に「愚か者、相応しくない仕事に就いている者には見えない服」なるものを勧められ、誰もがその服が見えるフリをして「なんてすばらしい服」と言っていたけれど、一人の子供が「王様は裸だ」と指摘した、という話ですね。
ここで早速タイトルの問いです。

――もし皆が「王様はすばらしい服を着ている」という建前の下で生きることで、その国がうまく行っていたとしたら?
――本当のことを言ってしまって良かったのでしょうか?


まあ、当の童話を読むと着道楽の王様(皇帝)が詐欺師に騙される話で、騙される人達を笑っているとだろうと思いますが、子供の「王様はなーんにも着てないよ」という言葉を皆が復唱しはじめて、それでも王様は行進をやめることができなかった、というとことで終わっており、その後事態がどうなったのか描かれていないので、何かと想像してみたくなるわけです
しかし、さらに考えてみると、仮に「王様のすばらしい服が見えるフリをする」ことでうまく行っていたとしても、その裏には元手ゼロで「服」を売りつけて儲けている詐欺師たちがいるわけです。
今はまだ良くても、これが悪しき先例となって、詐欺師にさらに搾り取られるようになっていくかも知れません

これが、王様が権力を握る国でなく民主主義国家であれば、答えは一つです。
国民の意見を反映し、討議して決めなければなりません。そして、「すばらしい服が見えるフリをする」ことで得られる利益と詐欺師に払うコストを秤にかけようにも、国民が真相を知らなければどうにもなりません。だから「本当のこと」は明かされるべきなのです。
公民の授業で習う「知る権利」のそのために必要なものです。

さて、今度は少し設定を変えて、子供が「王様はなーんにも着てないよ」と指摘することもなくうまく行っていたところで、ある宮廷関係者が「彼ら(詐欺師たち)は布なんか織っていませんでした」と話してしまったとします。
これは失言として騒がれ、年末にはニュース特番でも「政治家の失言集」として改めて報道されるでしょう……

いつの間にか今の日本の話になってしまいましたが、問題はここです。
「失言」には「事実に照らし合わせて、あるいは思想的に不適切なこと」と「本当だから言ってはいけないこと」の二種類があり、この場合は明らかに後者です。
現実の例で言うと、かつて(2007年)柳澤伯夫厚生労働相が「女性は産む機械」と発言したことがありました。これは「大臣という立場ゆえに知っていること」を言ってしまったのでないことは明らかです。この点に関する知識に大臣という政治的地位はほとんど影響しないと考えていいでしょう。ですから、この発言はもっぱら発言者のイデオロギー的立場を示すものと見なされ、それゆえに問題視されたわけですね。
一方、昨年には柳田稔法務相が「法務大臣というのはいいですね。『個別の案件については答えを差し控えます』『法と証拠に基づいて適切にやっております』と二つ覚えておけばいい」と言って問題になりました。
この場合本当に問題なのは、それを言ってしまったことではなく、柳田法相の勤務態度なのではないでしょうか。これを「失言問題」と呼ぶこと事態に、問題を感じます。
さらに気になるのは、柳田氏はどこからこの答弁用の「二つの言葉」を教わったのか、ということですね。万に一つこれが「法務大臣の伝統」であったとしたら、もはや責めは柳田氏一人ではなく、過去の歴代法相に及びます。よもやと思いますが、法相が法律の専門家でない率は高かっただけに……

もっと専門的な問題に関して「本当のことを言ってしまった」と思われるケースもあります。つい最近、平田オリザ内閣官房参与が、福島第一原発の汚染水を海へ捨てたことについて「米政府からの強い要請で」と発言、翌日には撤回していますが…

さて、日本のジャーナリズムがこの「二種類の失言」を区別しているところを、私は寡聞にしてあまり見た覚えがありません。
「本当のことを言ってしまった」のだとしたら、その裏を取るのがジャーナリズムの役割だと思うのですが、それをしないで、とかく「失言」として切って捨てる。これはすなわち、「言ってはいけないことになっていた事実」を隠蔽するのに協力するということです。
そういう意味で日本のジャーナリズムは、政治家を批判する時でさえ、徹底して権力の味方なのです。
これはそのまま、ウィキリークスに関しても「“暴露系サイト”の情報であり信じるに値しない」という態度を取ってきたことに繋がります(5月5日の記事参照)。
しかしこれは、何らかの利益があったとしても、少なくとも民主的ではありません

 ―――

童話原文→こちら

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                           (芸術学4年T.Y.)

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