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本音と建前

かつては、座ったまま居眠りしてうつむいたりしていると背中が――それも左側が凝って仕方なかったのですが、最近は右肩が凝ります。PC操作の負担だろうと思いますが…書き物をする時と違って、肘が宙に浮きっぱなしでしたしね。今改善を試みています。
が、もう一つ。
最近、眼鏡のツルを修理したついでに視力を計ってきました。レンズを新調してから1年あまり経ってるんですね。結果、左目の方の矯正視力が少し落ちているようです。
とすると左の方が疲れそうなものですが、よく見える右目の方を集中的に使って、そちらが疲れるという話も聞いた覚えがありますね。さらに、眼鏡の度があまり強いのも疲れる原因になるようですし。矯正視力1.5ってのはちょっとありすぎかも知れません。

いずれにせよ、肩が痛いやら首が重いやらなので、久々にマッサージに行ってきました。予想以上によく聞きました。痛みはほぼ消えています。
僧帽筋の辺りを指圧されると痛いのに、肩胛骨と背骨の間は押されてもほとんど痛みを感じない辺りが自体を物語っています。

 ~~~

以前、「王様は裸だ」と言うべきか言わざるべきかという記事を書きました。

つまり、「王様は裸だ」という“本当のこと”を言わないことによって得られる利益もあるかも知れません。
しかし、メリットが大きいのがデメリットが大きいのか考えるためにも、“本当のこと”は知っておかなければなりません。
それゆえ、皆に「知る権利」を認め、積極的に知らしめようとすることこそ、民主主義の要だ――と、そういう話でした。

が、他方でたとえば、衆愚政治の問題もあります。
その場の人気取りの政策ばかりが票を集め、長い目で見ての国益が損なわれるようなケースですね。
あるいは、「電気は使いたいが、自分の地域に原発が作られるのは反対」(総論賛成、各論反対)と皆が思っている場合、それに合わせていると結局どこにも原発は作れず、「電力供給」の方は達成できません(もちろん、現在の日本のような非常時には「自分の使う電気を減らしてでも原発反対」という意見が増えることもあるでしょう。また、そもそも原発が良いのかどうかはこの際別問題です)。
もちろん、これらのケースは「長期的に見て真の利益とは何か」を皆が十分に理解していないから、とも言えます。が、そもそも何でも理解してもらえるものと思っていいのか、という問題も出てきます。

その点に関しては、最近紹介したライトノベル『羽月莉音の帝国』に登場する日本の総理大臣・大原英士の台詞は実に面白いものでした。

「まさか日本国民は、反中国に見える大原総理が、中国との関係を強化しようとしているなんて思わないわよね」
「そうだろう。だからこそ、良いのだよ」
「どうして?」
「政治というものを考えてみて欲しい。アメリカは、一九七二年に中国と国交を回復した。当時アメリカは、国を挙げて共産主義勢力と敵対していて、中国との関係を改善するのは不可能であるように思われた」
 大原総理は大きく息を吐き出し、一呼吸置いて続ける。
「そんなときに現れたのはニクソンだ。彼は国内外で強硬なタカ派として知られていた。誰もが、ニクソンは中国が嫌いだと考えていた。政策も発言も、常に反共産主義。当時。誰ひとりニクソンが中国に擦り寄るなんて想像すらできなかった。仮に、そんな話がもれていたら、政権はガタガタになるか、場合によってはケネディのように暗殺されていた可能性だってある」
 グイと大原総理は身を乗り出した。
「親中国のハト派だったら、国交回復は不可能だった。誰もがタカ派だと考えていたニクソンだったからこそ、成し遂げられたことなんだ。ニクソンだからこそ、国内のタカ派は文句を言わない。自分たちの味方に文句を言うヤツなんていないからな」
 (……)
(……)ある大望を成し遂げようとするとき、それを大っぴらにアピールする政治家は三流以下だ。政治というものは、本心を公にするほど愚かしいことはない」
 (至道流星『羽月莉音の帝国 6』、小学館、2011、pp.182-188)


ここ2代の――民主党の――首相を見ていると、これ、もっともだと思わざるを得ません(作者もその辺を念頭に置いているのでしょう)。

・(今まで、公約を平然と破る政治家は珍しくありませんでしたが、それと違い)米軍基地移転にしろ子ども手当にしろ、バカ正直に公約を実行しようとする。
・結局「できませんでした」となる。

民主党政権になってから一事が万事、全てこんな感じです。
やはり「本音と建前の区別」というのは必要なのですね。

とは言え、「公約は人気取り用のものを掲げて、政権に就いたら破棄する」というのが正当とも思えません(「公約は守るべき」というの自体が「建前」だと言われたら、そうかも知れませんが…)。
あからさまに「公約を破棄した」という形にならないよう上手くやるのも手腕の内ではないでしょうか。

そして、やはりジャーナリズムは建前を追認して満足しているべきではないでしょう。
本音を隠す政治と、暴くジャーナリズム――そうした緊張関係があるのが望ましい、というのもまた、いささか一般的な理想論に過ぎるでしょうか。
                           (芸術学4年T.Y.)

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Author:T.Y.
愛知県立芸術大学美術学部芸術学専攻卒業。
2012年4月より京都大学大学院。

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