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なぜ異世界人はいないのか?

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 ~~~

「ただの人間には興味ありません。この中に宇宙人、未来人、異世界人、超能力者がいたら、あたしのところに来なさい。以上」

今や人口に膾炙した(?)涼宮ハルヒの台詞ですね(『涼宮ハルヒの憂鬱』、p.11)。
さて、本作中において宇宙人、未来人、超能力者は登場しますが、異世界人は今に至るまで姿を見せていません。
この点については、色々な解釈がありうるでしょう。

佐々木〔敦〕 (……)異世界人=キョンという可能性は捨てきれないと思っているんです。だから、そのネタをずっと温存しているんだろうと。
大森〔望〕 そもそも異世界人って何なのか。英訳版だと、ハルヒの台詞は“aliens, time travelers, sliders, or espers”となってて、異世界人は slider と訳されている。十数年前にFOXで放送されていた『Sliders(スライダーズ)』っていうTVドラマが出典らしいんだけど、これは主人公たちがいろんな並行宇宙を旅しながら元の世界へ帰る道をさがす話なんです。つまり、異世界人=他の並行宇宙の住人という解釈ですね。
佐々木 それはさっきの『驚愕』の話とも絡んでいて、『驚愕』が昨今流行りの可能世界的なSFに行かず、結局一つの世界が分裂して元に戻るという話なのは、そこに異世界人は出てこないということですよね。
大森 作中では時間平面の説明をあれこれやっているんだけど、どうもよくわからない(笑)。実はどこかで量子論的な多世界解釈を導入してる可能性もある。
佐々木 それだったら異世界人を出すはずでしょう(笑)。なぜあれだけ複雑な操作をしながら単一の時間軸にこだわるのかと言ったら、異世界人のために取っているんだろうと。その話が最後の盛り上がりかつキョンの正体にも関わる話ではないかと妄想してるんですけど(笑)
 (佐々木敦×大森望対談「涼宮ハルヒは止まらない!!」『ユリイカ 7月臨時増刊号 涼宮ハルヒのユリイカ!』、青土社、2011、pp.20-21)


キョンの正体はさておいても、なぜ異世界人はいないのかという点については、私の解釈はだいぶ違って、「異世界人のために取ってある」のではなく、そもそも異世界人はいないのだろうと見ています。

要するに、世界は一つであるから異世界人はいない、ということです。

(どこだったら忘れましたが)長門が「異世界人はいない」と言っていたことも、文字通りに受け取っていいのではないかと。

「世界は一つである」ということについては以前に( )論じましたが、特に重要なのは前半部ですね。
『分裂』~『驚愕』の例に関する結論を転載すれば、こうです。

「両方の世界を生きた、一人のキョン」がいない限り、「誰にも予想外」の「あんなにややこしいことが発生」したと語る自体が不可能になります。「生きられた世界」が一つであることは、必ず保証されなければなりません。


上記の対談で、直後に佐々木氏が「ハルヒ内の世界観だと、そもそも世界自体をハルヒが作っているという側面があるので、並行世界という発想にならないんですよね」と言っているところの方が、私の考えには近いかも知れません。

まあもちろん、私の言う意味で「世界が一つ」であることは前提しつつ、その範囲内で「異世界人」を登場させることはいつでも可能でしょう。その意味で、この解釈ははなはだ不確かですが、今後どうなるか、じっくり見て行きたいと思います。賭けるものはありませんが。

ただ、それはそうと、件の対談のもう少し前の方を見ると、

大森 ここしばらく、ライトノベルや美少女ゲームは無論のこと、村上春樹の『1Q84』、東浩紀の『クォンタム・ファミリーズ』、高橋源一郎の『「悪」と戦う』など、パラレルワールドの概念や多世界解釈を取り入れた物語が流行している。それを思うと、四年前に出た『分裂』が、ここ二、三年の並行宇宙ものの隆盛の先鞭をつけたとも言えるかもしれない。
 (同書、p.14-15)


佐々木 量子力学的世界観とか多世界解釈ものってラノベのお家芸の一つだと思ってたんですけど、いつの間にかそういうのが表舞台から姿を消していて、わりとちょっと変だけど日常であるというのが幅を利かしている。
 (同書、p.16)


と、両氏とも何だか最初から「並行世界ものSF」のイメージに引きずられている印象があります。

しかし、「SF→並行世界」「ラノベ→並行世界」「異なる設定の世界あるいは世界の分裂→並行世界」というのが、そもそも一種の固定観念ではないでしょうか
ステロタイプを排して「宇宙人」や「未来人」や「超能力者」の独自のイメージを描いて見せた『涼宮ハルヒ』からすると、そういう固定観念にとらわれた発想自体が、あまり豊かなものとは思えません
(まあ『涼宮ハルヒ』シリーズにおいても割と定番のネタを普通に使っていることもありますし、「並行世界」という範囲内でもいくらでも斬新なイメージは作りうるでしょうから、何とも言えませんが)

いずれにせよ、そういう先入観を排して考えるなら、並行世界が登場しなければいけなかったり、ましてや時間論に「量子論的な多世界解釈を導入」したりする必要はないだろう、とは言えます(「しても良い」のは事実としても)。

今回は今までの繰り返しの多い内容でしたが、これを発端にして、「並行世界」とか「多世界解釈」とかいうのが何を意味するのかも、これから考えてみたいと思います。
                           (芸術学4年T.Y.)

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Author:T.Y.
愛知県立芸術大学美術学部芸術学専攻卒業。
2012年4月より京都大学大学院。

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