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凡才選抜試験

おかしい。時間の経つのが早すぎます。
まあ自分の使い方に問題があるわけですが…
とにかく、そろそろ研究会の原稿にもかからねばならないので、手短に行きましょう。

 ~~~

まず今回の話は、大学生もしくはすでに大学を卒業された読者の皆さんに対して、どのような形で大学に入られたにせよ、そこから各自が「良いか悪いか」を言おうとしているわけではありません。なぜかは読んでいけば分かります。

というわけで、前々回「試験への問い」の続きです。
私の父は医学部の先生をやっていましたが、調査と統計の結果、やはり一般入試で入った学生が一番安泰で、留年したり医師国家試験に落ちる学生は、推薦入試組に多かったと言います。
注意すべきは、成績の平均では差がなかった、ということです。
しかしそのことを楯にとって「問題ありません」というのは「統計の読み方を知らないから」だと父は言います。
なぜか。医師国家試験は9割が受かる試験です。しかも一つの医学部はたいてい一学年100人程度ですから、一人受かるか落ちるかで合格率は揺れ動きます。
成績は平均点を中心に両側に均等に分布している(これを正規分布と言います)ものと考えると、こうなります。

成績 正規分布

要するに、平均が同じでも、平均に対するブレ幅(専門用語で言うと標準偏差)が大きいほど、試験に落ちる数が増えることになります。
あえて言ってしまえば、医学部の目的はコンスタントに医師を生み出すことであって、「天才1人とバカ10人を取る」試験はもちろん、「天才1人とバカ1人を取る」試験でさえお呼びでない、ということです。

「合格率という数値にこだわりすぎではないか」という疑問はそれなりに正しいのですが、学生の立場からしても国家試験に落ちるのは重大問題です。
私大の医学部は6年間で入学金・学費合計して4000万円くらいかかるのが標準ですから、それだけかけて医師になるという当初の目的を果たせないのは、かなり深刻な事態のはずです。

つまり、平均値そのものの高低はあっても、平均に近い人間――つまり凡才を取るには、ペーパーテストが一番いい、ということです(秀才というのは言い換えれば、水準の高い凡才のことです)。
ペーパーテストに対するよくある批判の一つが「これではオリジナリティのある業績を上げるような天才は選抜できない」というものですが、それに対しては「そもそも天才を選抜するために試験をやっているのではない」という反論もあり得るのです。

実際、「天才を選抜する試験」は不可能ではありません。

 本書に度々登場するK予備校の教務部長は、その後ある私立大学の客員教授として教壇に立つことになるが、そこでAO入試に関して大変な経験をした。
 その大学はいわゆる入試難易度でいうと偏差値55.0から60.0あたりに位置するそこそこの難関で、入試の形態はペーパーテストの一般入試から公募推薦、AO入試と、なんでもありで有名なところである。
 教務部長はその大学の講義を通じていろいろな学生と親しくなった。そしてその中に時々鋭い質問をしたり、異色のレポートを書く学生を何人か発見したのである。それとなく聞いてみると、何と彼らはほとんどがAO入試で入ってきているのだった。もちろんペーパーテスト組にも優秀な子はいる。しかし、その学生たちは普通のペーパーテストの勝ち組で、凄みのある突出した感じはしない。
 その学部は新設の若い学部で、聞いてみるとAO入試では先生方は模擬講義をして、論文を書かせ、それを巡って受験生と夜を徹して議論をするという大変手間のかかることをしたらしい。「あんなしんどいこと、もう御免だ」とおっしゃった先生もいた。
 このように、AO入試は手間がかかるものなのである。しかし、手間をかけたからといって合格者全員が異能というわけでもない。人柄は面白いけれど、レポートを読むと「なにこれ」という子が多いのも事実である。研究者の卵を見出そうとした場合、一種の優れたやり方だが、五人合格させてひとりお目当ての子がいれば、成功なのである。だが、本気で取り組めばすごい子がいる。そのことを教務部長は実感したのであった。
 (丹羽健夫『予備校が教育を救う』、文春新書、2004、pp.175-176)


しかしそれでも「お目当て」は一部です。
しかも、仮に5人合格させて1人天才が取れた試験で、合格者を15人出せば3人天才が取れるかと言うと、それは分かりません。天才は一人しかおらず、いくら定数を増やしてもそれ以上は獲得できなかったかも知れません。
現にどんな入試にしろ、定数をあまり増やしてしまうと「目立って優秀な人間が取れる」とは行かないと言います。

「天才を選抜するための試験」をスタンダードにする必要などないのです。

……と、ここまで書いて問題点に気付きました。
この理屈だと、私も凡才でなければならないはずですが…………天才ではないにしても、人間的には偏りすぎているよなあ、と。
まあ試験は人間性を図るものではないので当然と言えば当然ですがね。

予備校が教育を救う (文春新書)予備校が教育を救う (文春新書)
(2004/11)
丹羽 健夫

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                           (芸術学4年T.Y.)

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Author:T.Y.
愛知県立芸術大学美術学部芸術学専攻卒業。
2012年4月より京都大学大学院。

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