スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

失われたアンドロギュノス(両性具有)

豪雨が降ったり止んだりと忙しいことですが、名古屋市内でも庄内川が氾濫したり、岐阜県多治見市が水没したりと、結構大変なことになっています。
我が家があるのは比較的高いところなので、水没する気配はありませんが。
明日には台風は通過するとのことですが…

 ~~~

すぐれて他なるもの、それは女性的なものである。
 (レヴィナス『実存から実存者へ』)


端的に同じ類の二つの種の対立に入らない他性とはどのようなものか? 私の思うに、その対立が決してそれとその相関物との間に打ち立てられる関係によって損なわれない、絶対的に反対の対立物、その項が絶対的に他なるものにとどまることを可能にする対立、それは女性的なものである。
 (レヴィナス『時間と他なるもの』)


おそらく、男性的なものと女性的なものの間の存在論的差異をほのめかすことは、人類を二つの種(あるいは二つの類)に分割するのではなく、男性的なものと女性的なものに参与していることが人間存在全ての特徴であることを意味しようとしているのであれば、それほど古臭くは見えないでしょう。それが『創世記第1章27節の謎めいた唱句「神は男と女とに人間を創られた」の意味なのでは?
 (レヴィナス『倫理と無限 フィリップ・ネモとの対話』)


倫理を第一哲学とし、「他者」との関係を考え続けた哲学者レヴィナス
彼が初期に他者との関係のモデルとしたのは「女性的なもの」との「エロス的関係」でした。
これは「私」が「男である」ことを前提としていることから少なからず批判を受けましたが、それに対し後年のレヴィナスが対話において答えたのが三つ目の引用です。
つまり生物学的な性ではなく、誰もが自らの内に持つ男性性と女性性である、と。

中性と“強い性”の時も、この辺を多少念頭に置いていました。まあ私の記事はこの場合、レヴィナス哲学とは何も関係ありませんが。
中性的な存在には、本来は備わっていたが引き裂かれて失われた両方の性を併せ持つ「完全な人間」の幻影が見えることがあるのではないか、と。


実存から実存者へ (ちくま学芸文庫)実存から実存者へ (ちくま学芸文庫)
(2005/12)
エマニュエル レヴィナス

商品詳細を見る

(↓『時間と他なるもの』はこちらに収録されています)
レヴィナス・コレクション (ちくま学芸文庫―20世紀クラシックス)レヴィナス・コレクション (ちくま学芸文庫―20世紀クラシックス)
(1999/05)
エマニュエル レヴィナス

商品詳細を見る

倫理と無限 フィリップ・ネモとの対話 (ちくま学芸文庫)倫理と無限 フィリップ・ネモとの対話 (ちくま学芸文庫)
(2010/04/07)
エマニュエル・レヴィナス

商品詳細を見る

                           (芸術学4年T.Y.)

にほんブログ村 哲学・思想ブログ 哲学へ
にほんブログ村 人気ブログランキングへ

テーマ : 芸大・美大・その他美術系学校 - ジャンル : 学校・教育

コメント

コメントの投稿

管理者にだけ表示を許可する

トラックバック


この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー) URL

プロフィール

T.Y.

Author:T.Y.
愛知県立芸術大学美術学部芸術学専攻卒業。
2012年4月より京都大学大学院。

当ブログはリンクフリーです。

引用もフリーです(出典明記していただけるとより有難いですが)。

コメントは返信しないことも多いですが、基本的にちゃんと読んでいます。

実名での仕事
7ページだけですが、拙稿が掲載されています。
メールフォーム

名前:
メール:
件名:
本文:

FC2カウンター
カレンダー
09 | 2017/10 | 11
1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
29 30 31 - - - -
最新記事
最新コメント
最新トラックバック
カテゴリ
参考文献
私が展開している思考の拠り所など(一部)。
スポンサー広告
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。