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3・11でまたパラダイムシフトが起こるかどうかは知る由もありませんが

そう言えば、登山に行っている間に大学の成績発表もありました。今では履修登録も成績発表もWeb上で行われますが、ポータルサイトにログインするのが久し振りなのでパスワードを忘れていました。まあメモがちゃんと残っていましたが。
卒論を除いて卒業単位も揃いました。

昔の大学では、適当に履修登録しておいたら出席した覚えもないのに成績が出ていた、という類の話もあったそうですが…まあ、今はそんなことはさすがにないはずです。
しかし、緒事情により一部出席できない日があるので、もう単位はいいです、と言ったのに成績が出ていたとかいう程度なら……あまり詳しいことは言えませんが。

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なかなかまとまった論を書いている余裕がありませんが…
ここ数週恒例のようになってきましたが、『海賊戦隊ゴーカイジャー』絡みで。
戦隊シリーズで、必殺技にバズーカを使うようになったのは『電撃戦隊チェンジマン』からです。
その後、必ずというわけではないものの、必殺バズーカはほとんど定番でした。
しかし、ゴーカイジャーには「全員合同で使う武器」はなく、必殺技は各自が銃と剣で放っていました。
まあ、過去の戦隊に変身することで無数の武器が使えますし、過去の戦隊の合同必殺技を使ったこともありますから、ゴーカイジャー固有の武器は最小限(各自の装備である銃と剣のみ)に留めるということだったのでしょう。そして、今までのアクションシーンの出来を考えてもそれで正解だったかと思います。

が、今回、第32話にして合同必殺武器「ゴーカイガレオンバスター」が登場しました。
その誕生が前回手に入れたオーレンジャーの大いなる力のお陰、というのは設定を活かしていて良かったのですが…オーレバスター(オーレンジャーの必殺武器)に構造が似ているというだけで、オーレンジャーとの接点は少ないですね。
しかも、皆の武器(銃と剣)のシリンダーを使って武器を作成していて、「また戻す」と言っていましたが……しかし新武器をもう使わないのも思えず、「新たにシリンダーを調達して作成しておいたよ」という感じになるのでしょうか。

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『スイートプリキュア』も、次回いよいよ敵方マイナーランドの王・メフィストが出陣し、キュアミューズにも動きがあるようですが…ネット上ですでに人が考察しているのに加えて私が言うことも特にないので、今週はコメントしません。

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ちょっと別の話もしましょう。まずは精神科医・斎藤環氏の以下の発言を。

 ところで、九五年以降の展開として大きいのは、以前からよく言っていることですが、多重世界や多世界解釈のモチーフが顕著になることですね。これがパラレルワールドとちょっと違うのは、『涼宮ハルヒの憂鬱』が典型ですけれど、日常系であるけれども、その背景に目には見えない膨大な戦いが展開している、というハードSF的設定があります。世界そのものは危機にさらされないけれども、世界の裏側が危機に陥る、的な。
 オタクカルチャーをある種マニエリスティックな手つきで再編集した作品として、『ケロロ軍曹』とか僕はすごく好きなんですけれど、あのへんにもそういうモチーフは結構あって、普通の人には見えない異星人などが何度も地球を破壊したり侵略しようとしては失敗するということを繰り返していて、その失敗そのものは眼に見えないから日常は淡々と続いていくけれども、実は世界はしょっちゅうギリギリの危険に曝されているというイメージ。もちろん、パラレルワールドものというのは、アニメにしてもラノベにしても震災前からあるんですけれど、それがデフォルトの設定になったのは震災以降だと思います。
 (森川嘉一郎・斎藤環「3・11後のオタクのゆくえ」『現代思想臨時増刊号 緊急復刊 imago』、青土社、p.220)


斎藤氏は「パラレルワールドとちょっと違う」と言いつつ、すぐ後で「パラレルワールド」と言って同列に語っていますし、どこまで区別しているのか不安はありますが(そもそも、作品ごとの違いも当然少なからずあるでしょうし)、要するに問題になっているのは以下のような話でしょう。
まず、以前にも引用したベルクソンの記述を再び引きます。

〔取材する相手が質問して〕「たとえばあなたは、近い将来の偉大な演劇作品をどのように考えますか?」。私がこう答える時の相手の驚きを、私はいつも思い出すことだろう――「もし私が近い将来の偉大な演劇作品がどのようなものか知っていれば、私がそれを作ることでしょう」(……)〔続けて〕私は言う。「しかし、あなたが話している作品は、まだ可能ではありません」――「しかし、その作品はいずれ実現されるのですから、可能なはずです」――「いえ、その作品は可能ではありません。私はせいぜい、その作品が可能であったことになろう、という点であなたに同意するだけです」――「どういうことですか?」――「単純なことです。才能ある、あるいは天才的な人が現れて、ある作品を作ったとしてください。その時、実在する作品があり、まさにそのことによって、作品は回顧的あるいは遡及的に可能になるのです」
 (アンリ・ベルクソン「可能と実在」『思想と動くもの』収録)


ただし、「まだ存在しないものも存在することが可能である」というのはまったく空虚な話ですが、それに対し、将来の大作家の頭の中にまだ書かれていない作品の構想が存在する、というのなら、これは確かな事実です。
もちおん、書いてみなければ分からない部分は大きいので、その「構想」が最終的にどんな作品になるかは、まだ分かりません。書いている途中で大きな変更が生じるかも知れません(失敗して駄作になる可能性もあります)。
つまり、構想には様々な作品になり得る可能性が含まれている、というのなら、おかしな話ではないのです。

これと同じように、一つの現実の中にもいわば様々な層が含まれている、ということです。
そして、これはあくまで一つの世界の中に含まれていることであり、「こことは別の世界」を求めるものではありません。

ただ、ライトノベルの様々な作品に描かれる「多重世界」が皆このような解釈に収まるものか、さらにそれが'95年の阪神大震災以降の傾向なのかという実証的な問題については、コメントしかねますが。
この問題の射程はかなり広いものですが、関連する諸々はまた次の機会(あれば)に。


現代思想2011年9月臨時増刊号 総特集=緊急復刊 imago 東日本大震災と〈こころ〉のゆくえ現代思想2011年9月臨時増刊号 総特集=緊急復刊 imago 東日本大震災と〈こころ〉のゆくえ
(2011/08/24)
中井 久夫、神田橋 條治 他

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もちろん、オタクのゆくえなんて話ばかりではなく、被災者の「こころのケア」等に関する精神科医の立場からの話もたくさん載っていますよ。
                           (芸術学4年T.Y.)

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Author:T.Y.
愛知県立芸術大学美術学部芸術学専攻卒業。
2012年4月より京都大学大学院。

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