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自主性とは何か

周りの話を聞いていると、「研究テーマとして○○をやろうと思ったけど先生が難色を示して、△△を薦められた」なんて話を聞きます(もちろん、「どんな分野に興味・関心があるか」については相談した上で、「その分野内で何をやるか」についてです。念のため)。まあ一方で「○○がいいと思うならそれをやればいいよ」という感じの自由な先生もいて、ここでも明確に方針は分かれていますが。
という訳で先日の続きです。どの指導方針がいいとは言い切れませんけれど、色々指示された場合「先生に言われる通りやってていいのか」と思う向きもあるでしょう。最近、私自身直接そういう疑問を耳にすることもありましたが、私の答えはまあ「いいんでない? そうやって薦められるのもご縁」というようなものでした。この辺はすぐに分かってもらえたようで、「好きなものと研究テーマは違う」という点についても合意を得ました。(日常生活の話では私と若い女の子達にはほとんど接点がないことを思うと驚異ですね)

まあ私としても「自分の研究をいかに進めるか」というのはまだ考え始めたばかりというところで、全く難しいことではありますが、ここでもう少し付け加えるなら、道を歩け」と指示することは出来ても、歩き方・身のこなしまで指示することは出来ません。先生に指定されたテーマで、先生に借りた資料をメインに使っていても、一応にも「研究」と言えるようなこと、つまり文献を読んで理解し、問題意識を持ち、考え、ほかに必要になる資料を探して参照するetc...といった行為は自主的なものでしかあり得ないということです。(あえて「オリジナリティのある研究成果を書く」とまで言いませんでしたが、それでも、です)その中で「どのようにやればいいか」ということを学んでいくのでしょう。

行動するときと認識するときの原則が百八十度違うっていうことにみんな気がついていない。認識するのは外の世界だから、自分の方に入ってくる。行動するのは自分から外に出ていくわけ。ベクトルとして、向きが全く違うんです。その両方の間で区別がなくなっちゃってるからね、今は。行動するとき「うるせえ、黙ってやれ」ってのは、最大限の自由が許されてるわけですよ。でもそれじゃ、問答無用で閉じ込められてるって、すぐ言うひとがいるんだけど、それは当たり前だろって言うんです。人間って、自分の生きてる世界に初めから閉じ込められてるんですよ。これで制約がなかったら、自由も糞もないんです。
         (養老孟司/玄侑宗久『脳と魂』ちくま文庫)


                           (芸術学2年 T.Y.)

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テーマ : 芸大・美大・その他美術系学校 - ジャンル : 学校・教育

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Author:T.Y.
愛知県立芸術大学美術学部芸術学専攻卒業。
2012年4月より京都大学大学院。

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