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トリヴィアル世界史講座(あるいは読んだ知識のまとめ)

突然ですが、グノーシス主義と呼ばれるものがあります。
まずは、『涼宮ハルヒ』シリーズの古泉に語って貰いましょう。

「(……)端的に言うと、唯一絶対神を信仰する方々の中でも異端と呼ばれる一派の主張です。その成立時期は相当古くまで歴史を遡らねばならないでしょう。今でこそ完璧に異端認定されていますが、キリスト教が確立した頃にはすでにあった考え方ですよ」
 あいにく公民の授業はほとんど睡眠時間に費やしているのでな。お前が何を言わんとしているのか、ちと見当がつかんよ。
「では、グノーシスについて一くさり述べさせてもらいます。ダイジェスト風味になりますが、どうかご容赦を」
 小学生にも解るくらい簡潔にまとめてくれるんだったら、俺に反対意見はない。
「この世界はあまりにも悪徳に満ちている。と、昔の人は考えたんです。もし全知全能にして無謬の名をほしいままにする神が世界を創造したのだとしたら、これほどまでに理不尽な苦しみを人間に与えるものになるはずがない。もっと完全なるユートピアになっていてもおかしくはない。にもかかわらず、世界は社会的矛盾なる不条理によって蔓延し、時として悪が栄えて弱者は虐げられる。なぜ神は、このように酷い有り様の世界を作り、ただ放置しているのか」
 バッドエンドルートに入ったことに気づいてやる気をなくしたんだろう。
「そうかもしれません」
 古泉は手元のボールを放り上げ、ひったくるように空中でつかんだ。
「ですが、こうは考えられないでしょうか。ごくごくシンプルな回答です。すなわち、世界は善なる神によって創造されたのではなく、悪意ある神的な何者かによって設計されたのである、と」
 どっちでも似たようなもんだろうな。間違った設計図に基づいて家を建てちまった大工に悪意がったのかどうか、それは司法の判断に任せるさ。
「で、あるならば、神がしばしば悪逆非道を見逃すのは当然のことです。その本質は悪なのですからね。しかし、人間は何も悪人ばかりではない。ちゃんと善なる性を持っているのです。悪を悪として認識できるということは、対比としての善を知っているという証拠でもあります。もし世界が一部の隙もないほど悪で満たされていたならば、そもそも善などという概念すら生まれないでしょう。」
 指先でボールを自転させながら、
「そこで昔の人々は、世界は神の偽物が作り上げたのだという考えに至ったあげく、かつ自分たちがその認識に到達できたのは、どこかに真なる神が存在していて、人間たちにわずかながらの光を差し伸べているに他ならないと確信したわけです。つまり神は世界に内在されていないものの、外界から人々を見守っているのだと」
 そうとでも思わないとやりきれなかったんだろうな。
「ましく。もっとも、世界の創造主を悪魔呼ばわりしているわけですから、通常の信仰をもつ多数派の信者からは当然ながら弾圧の対象になりました。アルビジョワ十字軍はもう世界史でやりましたか?」
 (谷川流『涼宮ハルヒの驚愕(上)』、角川書店、2011、pp.254-256)


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実はグノーシスの神話というのも非常に様々なものがあって、全てについてこうだと言って良いのかという問題はあるようですが、確かにこのような世界観は一つの特徴とされます。

さて、3世紀に成立したマニ教という宗教がありますが、これは教科書的な記述に従えば、「キリスト教・ゾロアスター教・仏教が合わさった」宗教です。古代最大の教父と言われるアウグスティブス(354~430)が当初マニ教に帰依していたというのも有名な話ですね。
そして、そのマニ教系の影響下にあるとされる異端・カタリ派――特に南フランスのアルビジョワ地方で栄えていため、別名をアルビジョワ派――その討伐のために派遣されたのが古泉が言っている「アルビジョワ十字軍」です。「聖王」ルイ9世(1214~1270)の時代にアルビジョワ派はほぼ根絶されたとされています(この辺りは実際「世界史」の出題範囲です)。

実は「マニ教をグノーシス主義の一種と見なすかどうかということに関して、研究者たちの見解は分かれているが(……)『グノーシス主義の完成形態』と評価する研究者もいる」とのこと(大田俊寛『グノーシス主義の思想 <父>というフィクション』、春秋社、2009、p.13)。

グノーシス主義の思想―“父”というフィクショングノーシス主義の思想―“父”というフィクション
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なお著者は『オウム真理教の精神史』の著者でもありますが、こちらが本来の研究分野ですね。

この著作中にある「グノーシスに関する文献」にも中世のカタリ派に関するものはありませんでしたし、カタリ派をグノーシスと同一視することには、学問的には問題もあるのかも知れませんが…
ちなみに、カタリ派は確かに、キリスト教と同じ言葉を多く使っているためか「異端」として滅ぼされましたが、本来は「別の宗教」と見なされて良いもので、しかもかなりの勢力になっていたとのこと(「異端」というのは本来は、キリスト教の中の異端を指すものです)。
教義としては、やはりこの世界を「悪の神による創造物」と見なし、聖職者として修行して、最終的には死んでこの世界を離れることで救われるという、仏教の「解脱」を思わせる思想だったらしいですね(ただし、現存しているのはカトリック側の手による文献のみ)。

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さて、さらにマイナーな話になりますが、カタリ派は「男女平等」の宗教で、女性も聖職者になれたと言われています。
唯一神を「父」とすることからも分かるように、キリスト教が男性原理中心の宗教だというのは一般に知られることですが、まあ女性原理的なものを取り入れる努力も色々と行われていて、その代表的なものが聖母マリア信仰ですね。
男女平等の「異端」が滅ぼされることで、なおさら女性原理の受け皿が求められるようになったわけで、おそらくそれとマリア信仰の広まりとにも関係があります。
そしてまた、「聖女」「聖母」が崇拝される一方で、それ以外の女性的なものが「魔女」として弾圧されるのは表裏一体の、中世末頃に盛んになった運動である、と言われます。

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また、「黒い聖母」と呼ばれる、文字通りに黒いマリア像がヨーロッパ各地にあるのですが、なぜ黒いのか、はっきりしたことは分かりません。

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最後はまた小説の登場人物に締めていただきましょう。

(……)そこで、ひとつだけ言えることは、黒い聖母崇拝が一般的に確立するのは、例えばさっきのテンプル騎士団やグノーシス派やカタリ派と云った異端派が弾圧されて滅んで以降らしい――と云うことだね」
 (京極夏彦『絡新婦の理』、講談社ノベルス、1996、p.259)


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                           (芸術学4年T.Y.)

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Author:T.Y.
愛知県立芸術大学美術学部芸術学専攻卒業。
2012年4月より京都大学大学院。

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