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論理学の問題/続・これが合体だ

最近、急に詐欺と思われるスパムメールが携帯電話に届くようになりました。
アドレスの変え時でしょうか。

 ~~~

まず、少し昨日の補足です。
自己言及的な命題がパラドックスを引き起こすことは、論理学ではよく知られています。
たとえば(単純な例で言うと)「私は嘘吐きだ」という命題は、本当だとすればそれを言った人物は嘘吐きなのだから本当ではないことになり、嘘だとすればその人物は正直者なのだから、本当でなければならないことになります。
(なお、ここでの「嘘吐き」は「嘘しか言わない」、「正直者」は「本当しか言わない」という、非常に限定された意味になっています)
斎藤氏が言う「願い事のパラドックス」も、その一種です。

 バートランド・ラッセルは、「それ自身を含む集合」における集合論のパラドックスを発見したが、ここにもこうした自己言及のパラドックスが存在する。ちなみにラッセルは「論理階梯」を区分することで、この種のパラドックスの解決を試みた。すなわち、ある文章Aと、その文章についての文章Bとは、文章Aに対してより上位の論理階梯、言い換えるならメタレベルにあると考えられる。論理階梯の異なる文を同一平面上で扱おうとする時に、自己言及のパラドックスが生ずるのだ。
 (斎藤環「まどか☆マギカ、あるいはキャラの倫理」『ユリイカ2011年11月臨時増刊号 総特集=魔法少女まどか☆マギカ 魔法少女に花束を』、青土社、2011、p.46)


しかし、私たちは普段、「物事についての文」と「文章についての文」を明確に「レベルの異なる」ものとして区別しているわけではありません。さらに、異なるレベルの文を区別しなければならないのなら、「自分自身に言及する」ということはできないことになりますが、これはまったく常識に反します。
このような人為的な区分を持ち込まないと矛盾が生じるということは、むしろ形式論理学そのものの限界を示しているのではないでしょうか。

※ 私が元々、ラッセル等の英米系哲学に造詣が深くないし、好意的でもないことを隠すつもりはありません。

「私は嘘吐きだ」の例にしても、「嘘も言うが、本当のことも言う」というグレーゾーンを認めるなら、矛盾でも何でもありません。
まあ集合論は数学の分野で、あくまでもそうした形式そのものを問題にするものですから、別個に考える必要はありますが。
少なくとも現実的な話をすれば、異なる「階梯」の命題の間に一方的な上下関係があるというよりも、互いに複雑な絡み合ってどちらが「上」とも言えない命題群が「一つの階梯」をなしているという方が、事実に近いのではないでしょうか。

確かに斎藤氏の言う通り、「夢オチ」の問題は存在します。
オブジェクトレベルの問題を「メタレベルに上がって解決した」という形になってしまっては、それは夢オチです。
しかし上の論から考えると、「願い事についての願い=メタレベル」とは必ずしも言い切れない可能性が残ります。とは言え、この問題は私としても、解決しているとは思いませんが。

さて、『まどか☆マギカ』の場合、「メタレベルに上昇することで解決した」のではなく、逆に「メタレベル(と思われたもの)を世界の内に回収する形で収束させた」のでした。このことは『龍騎』との比較でいっそう明瞭になったと思います。
「なぜそれが可能になったのか」を論じる言葉は、なお十分でないかも知れませんが…

 ~~~

2週間前に触れた通り、先週の『海賊戦隊ゴーカイジャー』ではついにワルズ・ギルが退場となりました。
そして合体ロボ、カンゼンゴーカイオーが登場しましたが…

(合体プロセス)
ゴーカイオーから両手足を外し、代わりに轟獣神の両腕を装着、下半身はマッハルコン(F1カー)の車体に接続
 ↓
マッハルコンが左右に分かれて脚(のような形)になる
 ↓
マッハルコンから分離したパーツが左手と頭部に付く
(轟獣神の右腕はドリルなので、そのまま)

結局、轟獣神の胴体がどこに行ったのかは分かりませんでした。

そうそう、搭乗型の合体ロボということは、合体前のマシンにそれぞれコクピットがあるんですよね。
DVDを観ていて気付いたのですが、『電撃戦隊チェンジマン』では、合体後でもコクピットの描写は合体前と同じ(1~2人乗りのコクピットが3つ)です。足のコクピットとか衝撃が激しそうですが、仕方ありません。
ところが翌年の『超新星フラッシュマン』では、合体後には5人揃ったコクピットが出現するんです。
フラッシュマンの場合、いつの間に総合コクピットに移動したのか分かりませんが、今日日の番組では堂々とコクピットにワープして来ます。
その代わり(?)、フラッシュキング(フラッシュマンの1号ロボ)は頭部にコクピットがあることがはっきり描写されていましたが、ゴーカイオーのコクピットがどこにあるのか、今もってよく分かりません。

さて今週の『ゴーカイジャー』は「電磁戦隊メガレンジャー」編でした。
メガレンジャーの5人は高校生でした。当然もう卒業していますが、メガレッド・伊達健太が母校で先生になっていたということで、ゴーカイジャーの6人は何と、大いなる力を貰う交換条件として高校生をやることに。
いやまあ、面白さとしては普通でしたが、メガレンジャーのシナリオは非常にベタなものが多かったのを思い返すと、「憧れの先輩に告白しようとする女生徒」とかいう、これまたベタな「学園青春モノ」の一場面を「学校を知らない」ゴーカイジャーの面々(※)が見て「学校っていいところですね」と言うのは特徴を押さえていて、上手いものだと思いましたよ。

※ 無頼のマーベラスと貧民街育ちのルカは学校になど行っておらず、王女だったアイムは家庭教師に教わっていたため。ハカセとジョーは不明。地球人の鎧は普通に行っていたはずです。

なお、今回の敵は「大いなる力」を奪い合う相手のバスコだけで、皇子が死んだザンギャックの様子は描かれませんでした。

さて、次回は「未来戦隊タイムレンジャー」編とのこと。
いや、タイムレンジャーの内4人は西暦3000年から来た未来人で、最終話で未来に帰ったので、難しいかと思っていましたが(当時の役者は登場しないまま、「大いなる力」は渡され済みです)…しかもゴーカイジャーも一緒にタイムスリップするらしい。
しかしここまでやられると、バスコにすでに大いなる力を奪われたチェンジマン・フラッシュマン・マスクマンも登場しない(で、力を取り戻すだけ)では通らないような気がしますが…最後まで期待しておきます。
                           (芸術学4年T.Y.)

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Author:T.Y.
愛知県立芸術大学美術学部芸術学専攻卒業。
2012年4月より京都大学大学院。

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