オタクと形而上学(旧:山中芸大日記)
愛知県立芸術大学出身のある学生によるブログ。
マニュアルとデペイズマン――ライトノベル『邪神大沼』シリーズ
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主人公の大沼貴幸(おおぬま たかゆき)は、平凡な高校生だと思っていましたが、ある日『初心者らくらく邪神マニュアル+スターターキット』なるものを送り付けられます。
何度捨てても渡されるこのマニュアル。「初心者の邪神」のためのマニュアルとのことですが、そもそも自分は邪神だったのか…?
付属の「スターターキット」として、少女の姿の使い魔・ナナ(通称/1巻表紙の左側の女の子です)も召喚され、サポートされることに。
そもそも邪心とは何なのか。
そもそも、大沼が邪神なら、なぜ今まで人間として育ってきたのか。
そんな疑問を抱いても、作中でマニュアルが、
邪神が生まれる原因は、まだはっきりとわかっていません。
最新の調査の結果では、暖流と寒流がぶつかり気圧が変化すること、マントルの動き、中日ドラゴンズの順位などの要素が複雑に絡み合って邪神が誕生すると考えられています。
(川岸殴魚『やむなく覚醒!! 邪神大沼』、小学館、2009、p.114)
等と言っているのを見れば分かる通り、疑問になど答える気配はさらさらありません。
大沼は下宿で一人暮らしをしているという設定で、そのまま家族のことなど触れられもしないまま話が進みます。
全邪協の職員やナナに邪神として破壊活動を行うよう進められつつ、大沼自身はそんなことをしたいとは思わず、また回復力が強い以外に大した能力を発揮することもなく過ごしていくギャグ作品ですが、また大沼は積極的なツッコミキャラでもなくて、普段の生活でナナが世話してくれるのはそれなりに気に入っているだけに、適当に受け流していく日々で、全体にゆるい雰囲気です。
しかし、ギャグはしばしば強烈に笑わせてくれます。
本文の中に『邪心マニュアル』が定期的に挿入される構成になっていて、目次まで本編の内容ではなく、このマニュアルの見出しによるものになっています。
このマニュアル、「自分が邪神かどうかチェックしましょう!」という表題の下、「邪神チェックシート」なるものが出てくるところから始まりますが、その内容ときたら「肌の色が青もしくはエメラルドグリーンだ」「自分の歩いた場所の草がすぐに枯れる」といった代物(同書、pp.18-19)。
が、大沼が「実にバカバカしい。ふざけた内容だ」なんてツッコんでいたのも最初だけで、すぐにマニュアルを読んでいる気配すらなくなります。それでもおかまいなしにマニュアルが挿入され続け、本編の展開と微妙にリンクしていたりもする辺りが何とも。
このデペイズマン(違和感)こそが本作の真骨頂で、たとえば主人公のバカな友人である姉小路京一郎(あねこうじ きょういちろう)が『モテる男になる。実践会話入門』を読んで、何の応用もなく相手の応答すら無視してこのマニュアルの台詞を反復するギャグなどはその好例ですね。
「その服、かわいいね、どこで買ったの?」
当然ながら、加奈が着ているのは制服だ。どこで買ったもなにも学校指定の業者しか取り扱っていない。
姉小路の問いに対して加奈は無言だった。答えようがないのだろう。そして、この沈黙を破ったのは、またしてもマニュアルのセリフだった。
「だよね!」
なにがだ! まだなにも言ってないぞ! 姉小路は意味不明のタイミングで「だよね!」を繰り出した。加奈はあっけにとられているのか、ぽかんとしている。
「ここで、失敗談をひとつ。昨日ね、俺、寝坊したんだ。形態の目覚ましをセットしてから寝たはずなんだけど、どうやら時間を間違えていたらしいんだ」
なんだその話! 本当にリアルに失敗しただけだ。せめてオチから話すのはやめておけ!
「だよね!」
だから加奈はなにも言ってない! アレンジ能力ゼロだ。
(同書、pp.110-111)
『邪神マニュアル』以外にも、こうしたモテマニュアルなどが登場する通り、マニュアルやハウツー本のパロディというのも見所の一つです。
素晴らしいのがこの6巻の表紙。
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露骨に『もしドラ』をパクった表紙もさることながら、サブタイトル(と言うか、作中に出てくるマニュアルのタイトル)がもはや意味不明です。
「もし世界一わかりやすいマネージャーがさおだけ屋のノートを読んだら!!」
この無茶苦茶さはそこらの『もしドラ』便乗本の追随を許しません。
『もしドラ』の他にも『世界一わかりやすい○○の教科書』『さおだけ屋はなぜ潰れないのか』『東大合格生のノートはかならず美しい』といったハウツー本の混合ですが、作中ではこれらの本のネタがすべて登場する上、「二番煎じを狙って~」なんて見出しもあるんですから、大したものです(しかも、「ちなみに先日、書店にふらりと入ったら二番煎じどころか十八番煎じくらいまで並んでいました。出遅れたようです」というオチ)。
ただ、私が一番センスを感じたのは、大沼が生徒会長選挙に乗り出すものの、(ナナの指示により)お色気に訴えたりするばかりで何も政策など語っていなかった5巻での、以下の台詞だったかも知れません。
「我々は勝たなければいけないのです。そのためには衆愚を取り込むことが肝要。まともな生徒は端から我が主には投票しません。これしか勝つ道はないのです。信じましょう。人間は愚劣で低俗であると」
(川岸殴魚『じんわり君臨!! 邪神大沼5』、小学館、2010、p.201)
なお、本作は全8巻で完結済みです。
(芸術学4年T.Y.)
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かなりなパクリ商品ですね。
売れなきゃ問題にもなりませんが
売れれば訴えられますね。