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現代における「父」の問題

『仮面ライダー響鬼』('05年)が史上最異色のライダーとも言われているのは、(楽器を武器にして巨大な敵を粉砕する戦闘スタイルとか、色々あるでしょうが)一つには仮面ライダーが「おじさん」と呼ばれ、一般人の少年がそれと出会うところから始まる、というストーリーでしょう。

 同作の舞台は魔化魍(まかもう)と呼ばれる妖怪たちが密かに暗躍する世界だ。この妖怪たちは古来から日本に棲息しており、人類の生活を度々脅かしている。そして人類側はこの妖怪たちに対抗すべく「鬼」と呼ばれる異能者の集団を育成し、妖怪を退治してきた。戦国時代には「鬼」たちは全国規模で組織化されており、「猛士」という暗号名で社会の表舞台に立つことなく、ある種の職能集団として現代に至るまで妖怪退治を続けている。
 物語は「猛士」関東支部の鬼である響鬼と、彼に憧れる高校生、明日夢少年との交流を主軸に展開していく。30台半ばの大人の男として描かれる響鬼は、思春期らしい悩みを抱える明日夢少年にその職業人としての生き様を見せることで導こうとする。その結果、『仮面ライダー響鬼』前半は漠然とした不安を抱える明日夢少年が、響鬼たちに接することで教訓を得るという物語が反復して展開されることになる。
 ここでは「正義」は過剰なまでに自明のものと定義され、それを職業人としての矜持に支えられた大人たち=父たちが体現している。リトル・ピープルの時代への過剰なアレルギー反応のように、『響鬼』は正しい「父」の姿を描き、それを少年の視線から肯定するという物語を反復していった。これは前述した再帰的な物語回帰の器としてヒーロー番組が用いられた、典型的かつ極端な例として記録されるだろう。ここに表出しているのは少年のアイデンティティ不安ではなく、むしろ「父であること」が世界から意味づけられないことへの成人男性の不安に他ならない。
 (宇野常寛『リトル・ピープルの時代』、幻冬舎、2011、pp.303-304)


しかし結局、『響鬼』は(おそらくは人気とグッズ売り上げの不振のため)、中盤でプロデューサーまでもが交代するという事態に見舞われ、ストーリーもかなりの路線変更を強いられることになります。

ところで、どこで出ていたか今となっては記憶定かでない情報で申し訳ありませんが、『響鬼』には「鬼の力を鍛えていくと魔化魍に近付く」とい設定もあった記憶があります。
そもそも「鬼」も妖怪ではないとかという疑問は当然ありますが、仮面ライダーの力が敵と同質というのは伝統的なことでもあります。

この設定もよくある忘れられた設定の一つかと思いきや、こちらも忘れた頃の5年後、『仮面ライダーディケイド』の響鬼編(別キャストで展開される――宇野氏の表現に従えば――二次創作です)で唐突に回収されました。
ディケイド響鬼編では、鬼の力を制御できなくなり魔化魍・牛鬼と化したヒビキを、二代目仮面ライダー響鬼に変身したアスムが倒します。
『ディケイド』のシナリオは、原作の設定と『ディケイド』の中での設定が混線して、わずか2話(一つのライダーの世界が2話で展開されます)で破綻しているものが珍しくないのですが、響鬼編は途中で大きな路線変更を強いられた原作よりよくまとまっている印象さえあります。

さて、そこで上記の宇野氏の評論を読んでいて思ったのですが、もしかするとこのディケイド響鬼編こそ、本来あるべきだった『響鬼』の物語だったのではないでしょうか。
「父」たるヒーローの跡を継いでヒーローとなった「少年」が、ダークサイドに堕ちた父を倒す――オーソドックスなクライマックスです。
しかし、スタッフ交代を受けて後半のメインライターに着任した井上敏樹氏は、そんな「父殺し」はあまりにも今更感があると判断する……
後の方はまったくの想像ですが、『響鬼』原作において明日夢が響鬼の後を継いで鬼にならなかった上、ラスボスらしいラスボスすら出て来ないで終わったのも、こう考えると分かる気はしてきます。

ちなみに、『響鬼』終了から1年空けて後に井上氏が自分なりに描くことになった「父と子の物語」が『仮面ライダーキバ』ですが、宇野氏の議論における「父」と『キバ』の作中における「父」と、そして私が以前『キバ』を論じた時に「父」に読み込んだ意味は必ずしも一致していないので、この流れで私の『キバ』論を読み返しても話は噛み合わないかも知れません。
ただ、宇野氏の論にも近付ける形で一つだけ言うならば、『キバ』において「倒されるべき父」であった先代キングは、家父長制的な権力を振りかざす人物ではあっても、息子をも殺そうとすることでむしろ自ら「父」たることを捨てた人物であり、「父殺しを経た成長」といったものはそこに読み込むべくもない、ということです。
                           (芸術学4年T.Y.)

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Author:T.Y.
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