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一つの作品とパッチワークとの差

卒論の最終チェックがありますので、更新、ブログ訪問とも手短に終わらせます。

 ~~~

(……)たしかに、哲学者が関心をもっていた諸問題は彼の時代に立てられた諸問題です。彼が利用し、あるいは批判した科学は、彼の時代の科学です。彼が述べる諸理論のうちには、探すならば、同時代人や先駆者たちの諸観念を見出すことさえできるでしょう。他にやりようがあるでしょうか? 新しいものを理解するためには、それを古いものの函数で表現せざるをえません。(……)しかし、学説の表現手段でしかなかったものをその学説の構成要素と見なすことは、奇妙な間違いを犯すことでしょう。(……)哲学者は何世紀も早くやって来ることもあり得たでしょう。彼は別の哲学と別の科学を問題にしたことでしょう。彼は別の定式によって表現したことでしょう。おそらく、彼が書いた本の一章たりとも、実際にあるのと同じものにはならなかったことでしょう。それでも、彼は同じことを言ったでしょう。
 (アンリ・ベルクソン「哲学的直観」、『思想と動くもの』所収)


何事も、そういうものでして。
たとえば、サブカルチャー(漫画・アニメ・ゲーム・ライトノベルetc...)においても、どこかで見たような設定・物語・キャラが無数に反復されています。それでも、それらを「その作家に固有の描くべきこと」の構成要素として同化した作品と、「どこかで見たもののパッチワーク」でしかない作品との差は明らかです。
もちろん、「何か作品を通して言いたい/伝えたいこと」が求められる、というのではありません。むしろ、「言いたいこと」優先で作品そのものは粗悪というのはままあることです。
「古いもの」=他の作品にも見られる要素で表現される以前に、作家が生まねばならないもの――それを作品の「命」あるいは「魂」と呼んでも良いでしょう。
                           (芸術学4年T.Y.)

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T.Y.

Author:T.Y.
愛知県立芸術大学美術学部芸術学専攻卒業。
2012年4月より京都大学大学院。

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