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自らを更新する“生けるデータベース”

もう何度かやってきましたが、またも宇野常寛氏の『リトル・ピープルの時代』における仮面ライダー論の話です。
今回はいよいよ『ディケイド』の話です。

まず、『クウガ』以来の九つの世界を旅する、という『ディケイド』の設定は「メタフィクション」(p.331)であり、原作とは別のキャストで過去のライダーの世界を(ある時には概要を圧縮した形で、ある時にはまったくのパロディの形で)ふたたび描くというのは「二次創作の比喩――いや、二次創作そのもの」(p.332)です。
そしてまた、ディケイドは世界を旅し、他のライダーと友情を結ぶことで、そのライダーに変身できるようになります。

 これはキャラクター的な複数性をもって「変身」を根拠付ける回路とした『電王』の延長線上にある想像力だ。ディケイドにとって変身とはデータベースとは固有名を読み込むことだ。しかもそのことがその身体を、読み込んだ固有名の側(過去の仮面ライダー)に明け渡してしまう。士=ディケイドは(かつて良太郎とイマジンたちがそうであったように)訪れた過去番組の世界で、各々の仮面ライダーたちと関係性を構築することでその変身能力を得ていく。士はアイデンティティの確認(ナルシシズムの記述)のために、データベースから他のキャラクターを読み込んで、その身体を明け渡す/ハッキングしていくのだ。
 (宇野常寛『リトル・ピープルの時代』、幻冬舎、2011、p.334)


ここで「データベース」の語が出てきますが、これはもちろん、東裕紀氏から借用したものでしょう(東氏の「データベース消費」論については――かなり批判的な形でですが――「「萌え」考 4 ~萌え属性~」辺りで多少紹介しました)。

 言うまでもなく、『仮面ライダーディケイド』の商業的な目的は過去の平成「仮面ライダー」シリーズを市場において再生することだ。「すべてを破壊し、すべてをつなげ」――これが『ディケイド』という番組に与えられたキャッチ・コピーだ。ディケイドは過去のすべての仮面ライダーの世界を破壊し、シミュラークルに変化させ、データベースに取り込んでいく=カードに封印する。そしてデータベースに登録されることで、過去の仮面ライダーたちは無限にシミュラークルが増殖していくn次創作の海=ネットワークへとある意味「解放」されるのだ。
 (同書、pp.336-337)


しかし、この後をさらに読んでいくと、「データベース」の意味に重要な読み替えが行われていることに気付きます。

(……)仮面ライダーディケイド・コンプリートフォームは9の世界すべを旅し、それぞれの世界の仮面ライダーの力を獲得したディケイドの「完全体」だ。「歩く仮面ライダー図鑑」と呼ばれるこのコンプリートフォームに進化することによってディケイドは過去番組の仮面ライダーに変身するだけではなく、彼らをその場に召喚することが可能になる。データベースとしての機能が完成することが、ディケイドによっての進化なのだ。(……)

 ディケイドというシステムと同一化した正義/悪は、平成「仮面ライダー」が追究してきたもうひとつの主題――正義/悪の再設定=ハードボイルド・ワンダーランド=仮面ライダー同士の戦い(ゲーム)――をも体現している。
 ディケイドが9つの平行世界の境界を侵し、接続したために過去の9番組のオリジナルの世界は分解し、無数のシミュラークルの世界(二次創作)が発生したことは前述した通りだ。そしてディケイド=大ショッカーの介入の結果、融合が進んだ9つの世界は崩壊が進行し、最終的には異なる世界の仮面ライダー同士が生存権をかけて殺し合う「ライダー大戦」が勃発する。世界をひとつにつなげる力=グローバル/ネットワーク化はその反作用としての暴力を自動的に孕むことになるのだ。(……)ディケイドという非人格的なシステムはグローバル資本主義そのものであり、その存在そのものが、過剰なコミュニケーションをもたらし小さな父たちを衝突させ、自動的に暴力の連鎖を生んでいく。ライダー大戦における仮面ライダー間の闘争は、その存在それ自体を賭けた不可避のゲームである。(……)このゲームを調停することができるのは、個々のプレイヤーたち=過去の仮面ライダーではなく、システムそれ自体であり非物語的存在であるディケイドだけだ。
 そしてディケイドとは貨幣と情報のネットワークそのものだ。これはディケイドというシステムは自己更新することで、自らをハッキングすることでその内部に自動的に発生する暴力を排除することを意味する。もはや貨幣と情報のネットワークに内在することでしか、そこに自動発生する暴力にアプローチすることはできないのだ。
 (同書、pp.338-339)


注記しておくと、「正義/悪」とか「ディケイド=大ショッカー」といった記述は、ディケイド=門矢士こそが「大ショッカー大首領」であったことによります。
そして、引用文中において、引用符なしの「ディケイド」は、番組名ではなく作中で門矢士が変身するライダーであることに注意しておきましょう。

最初の引用文では、「データベース」とは、過去のライダーたちのデータの集積そのもののこと、と読めます。
二番目においてはさらに、ディケイドが過去のライダーたちを「データベースに取り込んでいく」存在であると言われます。
そして三番目では、ディケイド自身が「データベースとしての機能」を持つと同時に、「システムそれ自体」であるとされています。

たしかに、「歩く仮面ライダー図鑑」(過去の仮面ライダーたちをプリントしたカード9枚が体に付いています)という姿はまさしく、“過去のライダーたちのデータの集積そのもの”という意味での「データベース」ですが、しかしディケイドは同時に、ライダーたちをデータベース化するシステムでもあるのです。
つまりここでは、もはや「データベースと、それを読み込む人(あるいは機械)」という分離は無意味です。

私は以前、東浩紀氏の「データベース消費」理論について、「データベースを書き換えるものは、データベース自体には属していないはず」だが、その“データベースに属さないものが無視されている、と批判しました(「萌え」考 4および「萌え」考 4.5)。
もしかしたら、氏の言う「データベース」もまた、このように存在するものをデータベース化し、また自己更新によって新たなものを生み出すダイナミックな性格のものであったのかも知れませんが、問題はそのような性格が十分に説明されていないことです――氏自身、「データベースは有力なキャラクターが現れるたびに変化」するという事実は認めているにもかかわらず(※)。

※ それゆえ、以下のような解釈はまったくの誤解と言わざるを得ません。

 キャラクターが限定された性質の束に還元されているということは、「萌え」という形式で現象する欲望が、虚構のフレームによって緻密に構造化され、その範囲を溢れ出ることはない、ということである。
 (大澤真幸『増補版 虚構の時代の果て』、ちくま学芸文庫、2009、pp.317-318)


以前指摘したように、十分な根拠を示さず「オタク」が「現代」を代表すると主張するのは大澤氏から東氏に受け継がれているようですが、今度は東氏から大澤氏にフィードバックされ、しかもそこで肝心な部分が切り落とされているのを見ると、縮小再生産という言葉を思い出さずにはいられません。

おそらくはこのような視点の違いゆえに、宇野氏は第三章において、大澤氏の言う「不可能性」とも、東氏の言う「『動物』的なデータベース消費」とも「それぞれ半歩ずつずれた」「反現実」のあり方として、「拡張現実」を提唱することになります(『リトル・ピープルの時代』、pp.421-422)。
もっとも、宇野氏の論もまた、いかにして「新しいもの」が生まれるか、という点は十分に説明していないように思われます。

『ディケイド』においてもディケイド、ディエンド、クウガライジングアルティメット、キバーラといった新ライダーが誕生しましたが、ただディケイドのコンプリートフォームは過去のライダーたちの強化フォームを召喚して必殺技を放たせるのが必殺技で、自分の必殺技すら持っていません。
しかし、このような「ヒーロー」が主流になりえないのは明らかで、同じく過去のヒーローに変身するのが売りのゴーカイジャーだって自分の必殺技は持っています。
そもそも東氏も言うように、「萌え要素」のカテゴリーも日々新たなものが生み出されています。
つまり、『ディケイド』はあくまで過去のライダーたちを「データベース化」し反復すること――そしてそれを自己言及的に描くこと――に徹したために、「新たなヒーローを生み出す」ことからは後退してしまったわけですが、本来、既存のものの「データベース化」と、そこから新しいものが生まれてデータベースを「自己更新」することが対立せず、むしろ協調することが説明されねばならないのではないか、ということです。

まず「拡張現実」の説明が必要な気がしますが、長くなったのでそれはまたの機会にします。


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                           (芸術学4年T.Y.)

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Author:T.Y.
愛知県立芸術大学美術学部芸術学専攻卒業。
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