オタクと形而上学(旧:山中芸大日記)
愛知県立芸術大学出身のある学生によるブログ。
バカバカしい形で描かれる容易ならざるもの――ライトノベル『パンツブレイカー』
そのせいで、先生からのメールを受け取るのは実際に会う以上に緊張することに気付きました。
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さて、連続でライトノベル感想および紹介いきます。
先に言っておきます。一見するとアレなタイトルですが、これは良作だと。
![]() | パンツブレイカー (一迅社文庫) (2011/11/19) 神尾 丈治 商品詳細を見る |
作品の世界は現代日本ですが、「ギフト」と呼ばれる超能力の存在が政府にも学界にも認められてきている、という設定です。後半では伝説上の奇跡や憑き物等もギフトによるもの、と説明されます。
主人公の汐正幸(うしお まさゆき)は、小学生の時に「パンツブレイカー」というギフトが発現してしまった人物で、現在高校一年生。
このギフトは、半径2m以内のパンツを全て閃光と共に消滅させてしまうという能力。一切の制御は不可能で常時発動、老若男女問わず、身に付けていようが袋に入っていようがお構いなしです。水着やふんどし等のパンツに類似するものも対象になります。
…とまあエロゲーに相応しそうなバカバカしい設定で、エロティックなハプニングが様々に展開され、イラストなどは(案の定と言うべきか)大部分ノーパンの女子ばかりです。
しかし読んでいくと、結構重い話が含まれていることに気付きます。
何しろこの能力のゆえに、本人もパンツを穿くことはできませんし、近付く人のパンツも消し去ってしまうため、うかつに外出もできません。その上、今までには転校を繰り返し、「数度テレビで晒し者にされ、企業の研究機関に調査され、その能力をパフォーマンスに利用しようとする宗教団体につけ回され、それが原因の地域トラブルにも巻きこまれ、親は失職し学校には拒絶され、ほとんど一家離散の危機に陥」った(p.49)という事情ですから。
そんな境遇の正幸が妹の美幸(みゆき)と二人で、国の研究機関を兼ねた孤島の学校「醍醐学園」に転入してくるところから物語は始まります。
ライトノベルのお約束的に、何人かの美少女と出会うわけですが――
メインヒロインは姿影那(すがた えな)、正幸の同級生であると同時に、飛び級でアメリカの大学を出たギフトの研究者でもあり、また他人のギフトを「聞く」ギフトの持ち主でもあります。そのいささか天然な性格と、正幸の珍しいギフトに対する興味が勝っているせいで、しばしばパンツを消されても気にせず正幸に近付いてきます。
クラス委員長の松葉瞳(まつば ひとみ)は、射程1mながら割と使い勝手のいい念力の持ち主。下着には相当のこだわりを持ち、消されたパンツのことを悼みながらも、委員長としての責任感(サボりを咎めるとかいったお約束)で正幸に関わってきます。メインのストーリーにはそれほど関わりませんでしたが、続刊が出れば活躍の予定もあるとか…
サンダーは狼憑きで凄まじい身体能力を発揮する少女ですが、野生児なのでパンツを消されても平気です。
とまあ、一風変わったメンバーではありますが、正幸のギフトを受け入れてくれる人達が現れるのですね。
そしてもう一人、重要なのが、妹の美幸(中学二年生)です。小学生の時から兄の世話をしてきた彼女は、醍醐学園からスカウトが来た時にも、両親と一緒に行かず、兄と一緒に醍醐学園に来ることを選びました(決して両親も「息子を見捨てた」わけではなく、様々なトラブルで失職してやむなく…という描かれ方をしているのが救いですが)。
何しろ、正幸2m以内のパンツを消してしまうので、レジを挟んで買い物もできません。物を買って届けるといった世話は必須です。
美幸は兄の世話に当たって、その都度消されるパンツを調達する金銭的余裕はないので、近付く前にパンツを脱いで、離れる時にまた穿くことになります――公衆の面前であろうと。
でも、誰かがやらねばならないのです。
これは要するに、障碍と介護という状況です。
以下の台詞がその事情をよく物語っています。
「みんな、マサ兄のためにそこまですることないとか、自分を大事にしろとか普通に生きろとか無責任なことばっかり言うんだ。やめてよ、そういう常識ぶった押し付け大嫌い」
(……)
「マサ兄、なんにも悪いことしてないじゃない。変な能力が出ちゃったけど、それだけじゃない。それをみんな面白がって弄り回して、勝手に近付いてパンツ消されたからって、みんマサ兄を最低の変態扱いして……それどころか犯罪者みたいに蔑んで、アタシにだけ気をつかって善人ぶろうとするんだ」
(神尾丈治『パンツブレイカー』、一迅社、2011、p.93)
端的に例えると、こういうことです↓

(京極夏彦/志水アキ『狂骨の夢』、『コミック怪 Vol.17』収録、角川書店、2012、p.45)
そう思ってみると、
人間の五感を超越した超知覚、あるいは筋力以外のなにかによる外部への影響力。
それらは古来より魔術や妖術、あるいは超能力と言われていた。
それを人間に備わりうる能力と公式に認定し、「ギフト」という名で呼ぶようになったのは最近のことだ。
特に日本は、この分野の研究には非常に後進と言えた。
後進となった理由は思想的な問題から人権、利権など、いくつも複雑に絡んでいて、一概には言い切れない。日本以外にも、科学的には先進国でありながらこの分野では赤子同然という国は珍しくないし、その逆の国もある。
(『パンツブレイカー』、p.37)
という記述も、対処や差別意識の改善が遅れていることを言っているようにも見えてきます(まあ、「アメリカではすでに超能力の研究が進んでいる」という設定は、まま見られるものではありますが)。
ハンセン氏病患者の隔離を定めたらい予防法という法律が比較的近年(1996年)まで有効であったことを覚えておくのは無駄ではありません。
もっとも本作では、「パンツブレイカー」というバカバカしい設定を仕立て、また上記の美幸のような批判的な語りも短く抑えて、あまり湿っぽくならずに楽しんで読めるよう、上手くバランスを保っています。
これができるのがライトノベルの良いところですね。
そしてまた、美幸も兄の介護をすることに依存している様子で、その辺も楽しめるところです。
介護という観点で考えると、醍醐学園が単なる隔離施設ではなくて(ギフトを持たない)一般生徒も在籍していること、そして食堂の一角に正幸専用のスペースとドアまで設置したりとコストをかけながらも、部屋に引きこもることは認めず、授業にも食堂にも出て来ることを要求していることも重要です。
障碍を持った人を専用の施設に隔離するのではなく、なるべく普通の人と同じように生活できるよう配慮する、これはケアの理念です。
ちなみに、主人公の正幸も、「俺には大いなる力がある。不用意に近づくことのないように!」(p.63)とかマンガ的に格好を付ける癖があって、ちょっと変な人ですが、これも処世術だと思うとそれなりに重いものがあります。
そして、初対面のこの挨拶でウケが取れるならよし。ドン引きされても、それはそれでよし。
ギフトによるよけいな被害を出さないためにも、他人とも距離感を決定付けるのは有効だ。
(同書、p.64)
さらに、正幸を利用しようとした宗教団体があって、その残党がクライマックスにも関わってくるのですが、ここにも容易ならざるテーマがあります。
神の名を騙るため、正幸に近づいた者たちがいた。
正幸のパンツブレイカーを「神が自分たちに奇跡を与えうる証拠」としてでっち上げようとしたのだ。
神の意志を人が勝手に決め付ける。その傲慢を正幸はそれで知った。
「もっとデカくて、届かなくて……だから、みんなソイツがいてほしいと思うんだろう?」
正幸にとっては、そうあってほしいものなのだ。
人の小賢しい知恵でゴチャゴチャ言えるような物だけで、世の中がすべて回っていては救われない。
(同書、pp.171-172)
そもそもパンツブレイカーは、神社で「パンツとか死ねばいいのに」とお祈りした結果、本当に神からの賜り物(ギフト)として得てしまったという設定なのです。
ここには、不条理に思える運命を与えてくる、人の力の及ばぬものとどう付き合うか、という人類史上永遠のテーマがあります(あながち冗談でもなく)。
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もちろん、本作はそこまで深刻なテーマありきで書かれているのではないかも知れません。
ただ、「パンツブレイカー」という能力が「もし存在したら」を真剣に考えた結果であることは、パンツという自然物からはかけ離れた形態をいかにして判別しているのか、と影那が真剣に考察している描写などからも窺えます。
(芸術学4年T.Y.)
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私の専門分野が、人類史上永遠のテーマなんだって。。。?
運命こそ、不条理などではなく、精緻な精巧な自然リズムなのに。 あはは。