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固有なものと普遍的なもの

前々回に買ったと言ったライトノベル『龍ヶ嬢七々々の埋蔵金』読みましたが……自縛霊、宝探しの冒険、名探偵と怪盗とネタを出し惜しみせず盛り込んだ作品で、キャラもまずまずいい味を出しており、エンターテインメントとして普通に面白い作品でした。
どちらかというと新奇なものを求める私としては、良くも悪くも普通、なのですが。

ある志が皆に理解されず笑われた、というのが主人公のトラウマになっていて(その内容が主人公の「正体」と終盤のどんでん返しにも繋がっています)、そんな主人公が「わたしは名探偵だ」とか「世界征服をする」とかとんでもないことを口にする奴らと出会っての葛藤が一つの見所ですね。
ただ、今や世界征服くらいでは十分に驚けない自分がいます。

 ~~~

さて、「キャラ(クター)はどこまで世界観から分離可能か」で取り上げた『ゲーム的リアリズムの誕生』は、「キャラクター」をキーとして「ライトノベル」を定義するに当たって、まず新城カズマ氏の『ライトノベル「超」入門』、ついで大塚英志氏の『キャラクター小説の作り方』を引証していました。

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そもそもライトノベルを「キャラクター小説」と定義したのは大塚氏です。氏が挙げるライトノベルの特徴は、

①自然主義的リアリズムによる小説ではなく、アニメやコミックのような全く別種の原理の上に成立している。
②「作者の反映としての私」は存在せず、「キャラクター」という生身ではないものの中に「私」が宿っている。
 (大塚英志『キャラクター小説の作り方』、角川文庫、2006、p.24)


です(ただし、東氏も指摘する通り、大塚氏は「ライトノベル」という名称を知らないのか、カギカッコを付けて「スニーカー文庫のような小説」と記述し、文庫版あとがきでは「ライト・ノベルズ」と誤記したりしています)。
そもそもこの議論は、非ライトノベル(=一般文芸)が「自然主義的リアリズム」を用いており、「私」は「作者の反映」であるという(柄谷行人氏の)議論を信じない限り、鋭さを失うことになりますが…

東氏は「自然主義的リアリズム」ではない「アニメ・まんが的リアリズム」という概念を取り入れ、大塚氏の論の「限界」を批判的に論ずることを通じて「ゲーム的リアリズム」の概念を考えてもいますが、「キャラクター」に関しては結構大きく読み替えているように思われます(まあ当然と言えば当然ですが)。
たとえば大塚氏は、「キャラクターの『外見』と『物語』を結びつける」と題した項でこう書いています。

(……)だから、キャラクターの年齢だとか性別だとか髪型であるとか、かくかくしかじかの超能力が使えるとか魔法が使えるとかといった設定をただ「設定」としていくら考えても無意味なのです。むしろ、中核となる「設定」は一つでいいと思います。『サイコ』では「多重人格探偵がいる→そして彼は多重人格である自分が本当は何者なのかを知りたいが為に自分と同じような左目にバーコードを持つ猟奇犯の事件を追いかける」。『マダラ』なら「身体の八ヶ所のチャクラを魍鬼に奪われた少年がいる→彼は奪われた身体の各部分に人工身体のパーツを装着し、生身の身体を取り戻すために戦っていく」。こんなふうにぼくの作品でもどうにか上手くいった作品は主人公の外見的、身体的な特徴(多重人格とか全身が人工身体とか)が、その主人公のその後の行動、つまり「物語」に自然に結びついているのです。
 (同書、pp.52-53)


ここからはむしろ“キャラクターとストーリーの不可分な結び付き”が主張されてもおかしくないのですが、東氏はあくまで「ライトノベルのキャラクターは、個々の物語を超えたデータベースのなかに存在している」(東浩紀『ゲーム的リアリズムの誕生 動物化するポストモダン2』、講談社現代新書、2007、p.46)という自らの「データベース理論」に引き付けて考えます。しかし、ここに実はきわどい問題があることは、以前に指摘した通りです。

東氏から離れて、大塚氏の議論にはもっと気になる点があります。
たとえば大塚氏は「オリジナリティ」という考え方を批判します。
まず槍玉に挙げられるのは、第6回スニーカー大賞(2000年)の選考委員による一次選考落選作品への評の最初に「オリジナリティが欠けている」があったことです。
対して大塚氏によれば、「『ロードス島戦記』は『指輪物語』に始まるファンタジーTRPGの約束事の上に成り立って」(p.40)おり、自分の『多重人格探偵サイコ』の雨宮一彦のモデルは多羅尾伴内であり、『魍魎戦記マダラ』のマダラのモデルは『どろろ』の百鬼丸である……というように、「ぼくたちは全く何もないところからすべてを作り出すのではなく、先人の作った財産の上にあくまで物を書いている」のであって、「それを忘れて軽々しくオリジナリティなどと口走っては」いけない(同書、p.41)、ということです。

これが、スニーカー大賞の「一次選考を終えて」においてオリジナリティの欠如の例として挙げられていたという「五篇に一篇の割合で瞳の左右の色が違うキャラクターが出てくる」(同書、p.49)といったことならば、話はそれなりに分かります。「瞳の左右の色が違う」という設定から「違うのは色だけなのか。色だけでなく見えるものも違うのではないか」(同書、p.50-51)……と考えていけば、それなりの設定が考えられるかも知れません。
しかし、こうして考え出されるものこそ「オリジナリティ」ではないしょうか。オリジナリティを主張することそのものを批判することとは、ここには必ずしも結び付きません。
大塚氏は元ネタを「盗作」する方法をこう語ります。

 まず一つは元ネタのキャラクターを一度、抽象化する、という手続きです。名前y年齢や性別やキャラクターが属する「世界観」を全てとっぱらっていって「七つの顔を持つ探偵」であるとか「頭がスケルトンの男」といった程度のキャラクターの固有性が消滅するレベルにまで抽象化します。その上で、そこに改めて元ネタとは全く異なる外見や性別や名前や時代背景を与えてあげればいいわけです。
 (同書、p.48)


実のところ、「改めて元ネタとは全く異なる外見や性別や名前や時代背景を与え」る過程こそが肝要であって、そこでオリジナリティが生まれ、良し悪しが分かれるものでしょう(元と違えば何でもいいとは行きません)。大塚氏はそこのところを随分簡単なことのように言っています。

もちろん、人に伝えられるものはオリジナリティではないのであって、「オリジナリティを出す方法」など伝授しようがない(まして、ハウツーで皆が作家になれれば苦労はない)と言えばそうですが、「『一次選考を終えて』は『キャラクター小説』における、キャラクターのありうべき書き方を何一つ具体的には教えてくれません」(同書、p.32)、「これらの文章は何も小説家志願者にアドバイスをしていないに等しい」(同書、p.35)と批判しているのを見ると、大塚氏はそうは思っていないようです。
そもそも、「軽々しくオリジナリティなどと口走ってはいけません」と書いていた箇所は「『盗む』ことで生まれるオリジナリティ」という小見出しが付いていますが、本文中では「オリジナリティ」がいかにして「生まれる」かは何も述べられておらず、ただ誰もが「全く何もないところからすべてを作り出すのではな」いという理由でオリジナリティを主張することが批判されているだけです。

結局、「盗作」(「他人から借りてきた」もの)と「オリジナル」を対置するという点において、大塚氏はスニーカー大賞の審査員と同じ前提を共有していて、その上で後者を否定しているだけのように見えます。「萌えの二重の操作」で触れたような、まったくのオリジナルではないどこかで見たようなもの(現代思想用語で言えば「シミュラークル」)の連鎖が新しいものを生み出す創造的な過程は、考察され得ないのでしょうか。

私の疑念は、大塚氏は「固有なもの」と「あらゆる作品に共通する普遍的なもの」を無自覚なまま混同しているのではないか、ということです。
もちろん、個々の作品の固有性を切り捨てて普遍的な構造を論じるとうのは、批評としてはありです。しかし、一握りのヒット作のヒットの理由を普遍的な構造に求めるようなことをされると、疑問を抱かざるを得ません。
いや、実はまずそう思ったのは↓辺りで、ですが。

物語論で読む村上春樹と宮崎駿  ――構造しかない日本 (角川oneテーマ21)物語論で読む村上春樹と宮崎駿 ――構造しかない日本 (角川oneテーマ21)
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                           (芸術学4年T.Y.)

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Author:T.Y.
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