オタクと形而上学(旧:山中芸大日記)
愛知県立芸術大学出身のある学生によるブログ。
「愛される人」の固有性――『クズがみるみるそれなりになる「カマタリさん式」モテ入門』
4月には映画『仮面ライダー×スーパー戦隊 スーパーヒーロー大戦』で、全スーパー戦隊と全ライダーが対決するようですが、これは間違いなくメタです。何しろまたディケイドが登場します。
昨年の4月にもオールライダー映画(これは『電王』の続編+『OOO/オーズ』)をやりましたが、恒例になるのか……
ちなみに、まだ深く考えていませんが、「全てのライダーがシミュラークル化する」という『ディケイド』に対し、「シミュラークルすら消滅する」というのを『ゴーカイジャー』のテーゼとしてメタ的に対置することも可能かも知れません。
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さて、またライトノベル行きます。つい先日紹介した『耳刈ネルリ』の作者の新作です(といってももう数ヶ月発っていますが)。
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最近多い長いタイトルですが、タイトルがハウツー本風というのはまだ珍しいかも知れません。マニュアルやハウツー本をネタにしたライトノベルはありましたが。
ある日、高校生・中野太一(なかの たいち)の前に、「カマタリ・ナカトミーノ・ディ・ムラージ」と名乗る妙な髪色の少女が現れます。彼女は西暦2655年からやって来た未来人で、日本を救うため、太一に曽我野(そがの)三姉妹(太一のクラスメートで学校一の美少女・笑詩(えみし)、大学生の姉・由真子(ゆまこ)、中学生の妹・入香(いるか)の三人)を攻略してほしい、というのです。
何でも、将来笑詩が政界進出して日本を滅ぼすということで、
「あなたしかいませんよ。結婚、いやたった数日の交際であっても、関係を持つことによって女性が大きなハンデを負うことになる――そんな存在はあなたしかいません。ヤツらの社会的地位・名声・信用を失墜させるには、あなたに手を出させるのが一番です」
「人をドラッグみたいにいうな」
(石川博品『クズがみるみるそれなりになる「カマタリさん式」モテ入門』、エンターブレイン、2011、p.28)
と、「キング・オブ・クズ」である太一に頼んでいるとのこと。
もっとも、作中描写を見ると、太一は女の子に話しかけるのも困難なくらいコミュニケーションが苦手なのは分かりますが、「クズ」という形容が相応しいのかは微妙なところですが。カマタリさんが(クズとして)「すばらしい」と言ったのは、友人を時空のはざまに消されていても「俺は協力なんてしねえ!」と言った(つまり、見捨てると宣言)辺りで、まあたしかに酷いと言えば酷いんですけどね。他には自分の貯金を使わないで人の金を当てにするとか、弟の会員証まで利用してビデオを借りるとかいった描写はありますが、騙し取らない分だけ大人しいものでもあります。
それよりも、「パンクス」を標榜していて、何でも(脳内の)シド・ヴィシャスに相談するというまったく現代の高校生らしからぬ設定の方がぶっ飛んでいます。舞台を現代の高校にして、かなり普通のライトノベルらしい設定にしてあるもの、こういうところに普通でなさが表れます。
それはそうと、肝心の「カマタリさん式」ですが、最大の秘策は、未来人のタイムスリップ技術を利用して「セーブポイントを作る」ことにあります。
「たとえばタイチさんが三姉妹の誰かにこっぴどくフラられたり、クソブタ呼ばわりされたり、一一〇番されてブタ箱にブチこまれたりしたとします。そんなときはオートロード機能によって何度でもやりなおすことができますヨ」
「やりなおしたくねーよ、んなモン。無間地獄かよ」
彼女は「フフッ」と笑って立ち上がった。
(同書、p.40)
つまり、現実をリセット可能な美少女ゲーム仕様にするわけです。
さて、同じ時間を繰り返すというのも古典的なSFネタですが、現代のオタク文化におけるいわゆる「ループ物」がゲーム的な想像力に基づいている、つまりやり直しがきき、異なるルートを選ぶことも可能なゲームの構造にメタ的に言及したものであることは周知のタイプの指摘です。
本作もそれと共通する構造があるのですが、作中でわざとらしく「攻略」「セーブポイント」とゲーム用語を用いたりしていることで、その印象を大きく変えています。
つまり、“作中ではSF/ファンタジー的な設定でタイムループが成立しているが、読者視点で見るとそれはゲーム的構造にメタ言及したものである”というあり方からもう一転、“本来、ゲーム的でも何でもない世界を未来人の技術でゲーム化してしまった”という話になっているのです。
しかも、現実にはフラれたって生きていけますが、この場合は攻略するまでやり直さすことを強要されているのですからひどい話で、
やだなあ。
恋愛ごときに体張るのなんでゴメンだよ。
(同書、p.116)
と言いたくなるのも分かります。
というわけで、前半は太一がしばしば醜態をさらしつつ、何度もやり直して攻略に挑む話です。ゲームオーバーを宣告する効果音の「デデーン」が思いがけないタイミングで入ってくるのが笑いどころの一つですね。
が、後半は真面目に、太一と笑詩の甘く瑞々しい恋愛物語になっていきます。
そして、ループと恋愛との本質的な矛盾という(この分野においては伝統的な)テーマも浮上してきます。
彼女のことはあきらめきれないけど、俺自身のことはきらめていた。
俺は失敗した。このあとに待ちうけてるものは例のデデーンだ。
もうムリだ。セーブポイントにもどって、もう一回やるなんてできない。
俺はいままですこしずつ曽我野に近づいていった。そうしていまの距離にたどりついて、そこにいる彼女のことを好きになっていったんだから、やりなおして、いまと同じく好きにはなれない。
(同書、p.304)
ここで一つ、やはりループ物小説である『All You Need Is Kill』(桜坂洋)についての東浩紀氏の批評を引いてみましょう。
ここでキリヤは、死に行くリタに対して、もういちどループに入り、前日の世界へ戻ることを提案している。しかし、リタはその提案を退ける。なぜなら、たとえキリヤが前日に戻ったとしても、このリタ、キリヤにとっての一六〇回目のループで「どこかでなにかのフラグが立ってしまったかのように」急速にキリヤとの関係を深めたリタは、決して復活しないからである。その彼女に対して「ぼくときみはずっと一緒にいられる」「それでもかまわないよ」と返すキリヤは、自分だけがプレイヤーで、目の前のリタは三〇時間ごとにリセットされるキャラクターであることを忘れている。キリヤがループに戻ろうが、逆にそれを断ち切ろうが、この三〇時間、キリヤと愛しあったリタが失われることに変わりはない。
(東浩紀『ゲーム的リアリズムの誕生 動物化するポストモダン2』、講談社現代新書、2007、p.186)
テーマが共通していることは明らかです。
さらに言うと、石川氏の前作『耳刈ネルリ』において壁となったのは、ネルリが異国の王女であり、公的な立場にあることでした。
「ネルリは単なる名ではない。我々の未来、輝かしい歴史の象徴だ。軽々しく呼ぶな」
「……ごめん」
彼女の声がとても遠く聞こえた。てのひらの向こうで、彼女はすすり泣いていた。
「汝にネルリと呼ばれると、私は王国のことを、王となるべき運命を忘れてしまうよ。この世にただひとりの、世界で最初のネルリであるかのように思ってしまうよ。こんなことははじめてだ。私が私だけの名で呼ばれるなんて」
(石川博品『耳刈ネルリと十一人の一年十一組』、エンターブレイン、2009、p.216)
王女太子はその名に至るまで公的なものであり、公的なものというのは(事実上は代わりがいなくとも、権利上は)別の人間のものでもあり得るものです。
しかし、恋愛における「愛される人」は、そうした他の人と共通しうる一切の属性には還元され得ない、固有の存在です。石川氏がそんな青春恋愛ドラマの王道を鋭く描き続けていること、お分かりでしょうか。
そんな青春小説ですが、ドラえもん的なアドバイザーであるはずのカマタリさんも美少女で、太一との接触も多く、彼女との関係も見ていて楽しいものですが、特に終盤を見ると、彼女との間に本当に恋愛フラグはないのか、何となくモヤモヤするものがないでもありません。
そしてもう一つ、本作の主人公(かつ語り手)はレイチのように煙に巻く語りはせず、最初二つの引用文を見ても分かるようにツッコミキャラです。
『僕は友達が少ない』の小鷹のように人と話すのが苦手でも、あるいは本人が変であっても、“エキセントリックな相手にツッコむのだけは得意”というのも今やライトノベル主人公の定番のようなものですが、ツッコまれた後に「フフン」とか「ハハン」と笑うカマタリさんはそれを分かって誘い、太一をコミュニケーションに引き込んでいるように見えます。
つまり、ここもライトノベルの定型をよく踏まえた上で(それも意図的に演出されたもの、という意味で)一捻りしてあるわけで、なかなか面白いところです。
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(芸術学4年T.Y.)
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