FC2ブログ

誰も歴史を奪えない

院試二校目、一次受けてきました。
これまた手ごたえは必ずしもよろしくありません。もう少し行けたような、と思えば色々…。
結果はすぐ出ますし、二次もあるのでその辺はまた後ほど。

 ~~~

例によって願いとその代償から続きます)
さて、『海賊戦隊ゴーカイジャー』ですが、予想された通り宇宙最大の宝を粉砕、自力でザンギャックとの決戦に挑む…というところで引きとなりました。次回で最終回です。
すでにザンギャックの「決戦兵器」グレートワルズ、「宇宙最強の男」ダマラス、そして宿敵バスコ・ダ・ジョロキアとの戦いを終えており、ザンギャックの戦力は戦艦の数で押してくるという、ラスボスとしては必ずしもオーソドックスでない形ですが、しかし倒しても倒しても次々と敵が出てくるのは、それなりに脅威を感じさせました。

過去のヒーローを消し去るという大きな代償を払って条理に反した願いを叶えるという道を捨て、過去を受け入れるというのは、あくまで王道を貫いたという印象ですが、しかし、これによって何が守られたのかは、一考しておく余地があるでしょう。

まず、スーパー戦隊の存在という代償のもとに「ザンギャックを消し去る」という願いを叶えることは、結局、ヒーローも悪もいない世界を作り出すことです。
ところで、ヒーローが活躍するためには、まず悪が暴れなければいけません。その意味で、ヒーローの活躍を期待することは、悪が暴れて死傷者が出るのを期待することです。
とすれば両者ともに存在しないのが一番ではないか……『仮面ライダー龍騎』のようにラジカルに「ヒーロー」と「正義」の解体を目指した番組は、実際、そこまで行き着きました。
そうしたヒーローのマッチポンプ構造を暴き、ヒーローたることの不可能性を描きつつ、「“ヒーロー(ヒロイン)が悪と戦う物語”が可能になるまで」を描いた『魔法少女まどか☆マギカ』の卓越性もここから確認できますが、もはやその話も繰り返しますまい。

しかし、ザンギャックという眼前の悪を消し去っても、おそらく悪はまた生じるでしょう。その時、ヒーローが存在した歴史が奪われていることは良いことでしょうか。
ゴーカイジャーはザンギャックの攻撃により破壊された街で、『マジレンジャー』の山崎由佳(演:平田薫)や、『ゴセイジャー』の天知博士(演:山田ルイ53世)といった、かつてスーパー戦隊の近くにいた人たちが、スーパー戦隊から貰った勇気を胸に避難を導いているのを見ます。
一方、ゴーカイシルバー・伊狩鎧はジュウレンジャーのマンモスレンジャー・ゴウシ(演:右門青寿)と出会い、「俺たちはすでにレジェンド大戦で死んだ身だ、俺たちのことは気にせず、願いを叶えてザンギャックを消してくれ」と言われます。
ゴウシの言葉を受けて宇宙最大の宝をつかうことを主張する鎧に、他の5人は反対します。

「この星にはスーパー戦隊が必要だ」

かつてのスーパー戦隊たちは、自分が消えることは覚悟しているかも知れません。しかし、彼らの存在はもはや彼らだけのものではないのです。人々もそれぞれに戦っており、スーパー戦隊はその支えとなっていたのです。

今まで(OPの歌詞にもある通り)「やりたいことをやる」を標榜し、「正義」を大上段に掲げることのなかったゴーカイジャーは、最後の決戦に臨むに当たってついに「地球を守る」と宣言します。
ゴーカイジャーが守ろうとするのは、地球に存在するスーパー戦隊の物語=歴史でした。
そして、このことは同時に、故郷や大切な人を失ったという自分たちの過去を受け入れる決断をすることでもありました。

(もちろん、「人々に勇気を与える歴史」という考え方からは、ナショナリズムを煽るために利用される歴史といったものを連想するのも容易なことではあります)


もう一つ、かなりの部分『ゴーカイジャー』の解釈からは離れますが、メタ的な視点からの解釈も付け加えておきましょう。
『仮面ライダーディケイド』において、ディケイドに一度倒されたライダーたちは「この戦いを通して、ふたたび人々の記憶に刻まれる」ことで蘇りました。『ディケイド』はメタ物語であるがゆえに、“存在することは物語られること”なのです。そしてここでは、過去のヒーローを物語として記録することと、ライダー大戦の暴力を排除することが一つになっていた、と言えます。
これに対して、『ゴーカイジャー』においては、メタ的な干渉によって暴力を排することで、物語すら消滅します。

異なる役者、異なるストーリーで過去のライダーの二次創作を行った『ディケイド』に対し、実際にスーパー戦隊を演じた俳優を起用した『ゴーカイジャー』は、唯一の歴史=物語の尊重の上でのみ「海賊版」も成立することを強く主張しました。

二次創作において、キャラは無数にある二次創作の数だけ、異なる生を送ることができるかも知れません。しかし、そのキャラがそのように二次創作可能なものとなった経緯=歴史は、ただ一つです。
                           (芸術学4年T.Y.)

にほんブログ村 哲学・思想ブログ 哲学へ
にほんブログ村 人気ブログランキングへ

テーマ : 芸大・美大・その他美術系学校 - ジャンル : 学校・教育

コメント

No title

この記事だけでは、「悪があってそれに対してヒーローがいる」世界が、「悪があってそれに対するヒーローがいない」世界よりも尊重されるべきである、ということの説明が足りないような気がします。

また、「悪はまた生まれるでしょう」と断言しているのにもかかわらず、「ヒーローがまた生まれる(それはスーパー戦隊ではないでしょうが)」という可能性についてはひとことも触れていないのは納得がいきません。そこらへんも説明くださると嬉しいのですが。

個人的には、悪があろうが正義があろうが、「それで世界が存在しているならば、それはそれだけのことである」と思っております。

コメントの投稿

管理者にだけ表示を許可する

トラックバック


この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー) URL

過去を受け取ることに根差した強さ

解答用紙に名前・受験番号その他を書くのは試験開始前に(書く時間は試験時間に含まれない)というのが一般的ですが、解答用紙・問題用紙合わせて、試験開始後いにしか開けない仕様になっているところもありま...

オリジナルと二次創作の緊張関係

プロデューサーが途中交代した『仮面ライダー響鬼』のような例は珍しいのですが、メインライターあるいはシリーズ構成が番組途中で交代するというのは、時としてあることです。 『仮面ライダーディケイド』も...
プロフィール

T.Y.

Author:T.Y.
愛知県立芸術大学美術学部芸術学専攻卒業。
2012年4月より京都大学大学院。

当ブログはリンクフリーです。

引用もフリーです(出典明記していただけるとより有難いですが)。

コメントは返信しないことも多いですが、基本的にちゃんと読んでいます。

実名での仕事
7ページだけですが、拙稿が掲載されています。
メールフォーム

名前:
メール:
件名:
本文:

FC2カウンター
カレンダー
04 | 2021/05 | 06
- - - - - - 1
2 3 4 5 6 7 8
9 10 11 12 13 14 15
16 17 18 19 20 21 22
23 24 25 26 27 28 29
30 31 - - - - -
最新記事
最新コメント
最新トラックバック
カテゴリ
参考文献
私が展開している思考の拠り所など(一部)。
スポンサー広告