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メタ=万能ではない

学内にはやけにカラスが多い気がします。
屋根の上でカラスが動き回っている音がドタドタと聞こえたり…

カラス1

この木に止まっている黒いのがみんなカラスです。

カラス2

都市ではカラスの餌にならないようゴミは当日の朝に、といった話になりますが、このカラスは野生の餌を捕っている可能性もあります。何でも人のせいにはできません。
そう言えば、猫に関しても「猫アレルギーで困っている人がいます。猫に餌を与えないでください」という掲示があります。
なるほど、猫アレルギーの人に対するバリアを無くすのも大学のなすべき取り組みかも知れません。
しかし、休みの期間、誰もいなくても猫は生きていることを考えると、人が餌をやらなくても猫は住み続ける可能性もあります。そういう時には誰かに文句を言ってもどうにもなりません。

なお、この写真をいつ撮ったのかは気にしないということで(まあ、入試のため立入禁止期間でも事務手続きのため学務のみならば可とか、色々なケースがありますが)。

 ~~~

さて、批評されている作品のことをよく知らないで批評について語る、つまり「批評の批評」のようなことは、良くても枝葉の、悪くすれば事実に関する間違いを再生産してしまう可能性のある行為であることは承知ですが…まあ折角なので、「何が前提とされねばならないか」からもう少し続けてみます。
東浩紀氏は、『All You Need is Kill』や『ONE』(美少女ゲーム、tactics)といった作品は「メタ物語的」な立場を捨てというメッセージを含んでいるのに対し、『Ever17』『ひぐらしのなく頃に』はそれとは対極にある、と述べます。

[……]『ONE』のプレイヤーは、メタ物語的な自由を謳歌し、さまざまな恋愛=物語の可能性を保持するかぎりにおいて、キャラクターとして忘れ去られ、いかなり恋愛=物語も得られないように設定されている。ここからは、『All You』と同じメッセージ、すなわち、選択は確かに喪失を伴うが、なにかを失わなければなにも得ることができない、という主題を読みとることができる。[……]
 他方で、『Ever17』と『ひぐらしのなく頃に』は、まったく異なった主題を抱えている。前節で見たように、『ひぐらしのなく頃に』は、物語内のキャラクターに解決できない問題が、物語外のプレイヤーの介入によって解決され、トゥルーエンドに辿り着くという着想で支えられている。つまり竜騎士は、メタ物語的な存在を、桜坂や麻枝とは対照的に、メタ物語的であるがゆえにむしろなにも失うことのない、全能の存在として導入している。
 同じ主題が『Ever17』にも発見できる。第10節で見たように、この作品は、プレイヤーがメタ物語的な存在=第三視点であることを自覚し、そのうえで作品世界に介入するという、二段構えで作られている。そしてそこでは、プレイヤーがメタ物語的自覚に達するまえ、つまりプレイヤーがプレイヤーであることを忘れているあいだは、悲劇が起きる構成になっている。
 (東浩紀『ゲーム的リアリズムの誕生 動物化するポストモダン2』、講談社現代新書、2007、pp.238-239)


この対比は有効なものと思われます。しかし、『All You Need is Kill』に関する次のような記述は、気にならないではありません。

[……]桜坂はまずキリヤに、選択の残酷さを避け、なにも選択しないこと(ループを続けること)を選択させる。しかし、リタはそれを拒否し、むしろキリヤが彼女を殺すこと、そして時間を前に進めることを望む。桜坂はそのうえで、キリヤにあらためて脱出を、すなわち選択することを選択させる
 この展開に込められたメッセージは明らかである。目の前には複数の人生がある。ひとつの物語を選べば必ずほかの物語を失う、しかしなにも選ばなくてもやはりなにかは失うことになる、したがって、選択の残酷さを引き受けたうえでひとつの物語を選べ。これが桜坂のメッセージだ。
 (同書、pp.187-188)


気になるというのは、メタ物語的な立場を捨てる=ループを脱出“せざるを得ない”のと、「そうせよ」という「メッセージ」とでは少々意味が違うのではないか、ということです。
言い換えると、「なにも選択しないことを選択」するのは、やはり選択することではないでしょうか。とすれば、「選択せよ」と命令形で言う以前に「選択せざるを得ない」ことになります。
ここには「選択せよ」というメッセージを読み取るべきか、それとも「選択せざるを得ない」という端的な現実を読み取るべきか――

実際、東氏は少し後でこうも書いています。

[……]桜坂と麻枝の作品は、物語としての消費とは別の水準で、すなわち環境分析的な水準において、メタ物語的な宙づりの不能性に焦点を当て、なにかを捨てないと決してなにも得ることができない、そのような喪失の感覚を主題として抱えている。
 (同書、p.240)


東氏は物語に「メッセージ」を読み取ることにはあまり疑問を抱いていないようですが、それ自体、私は気になります。

そもそも本質的に、ループは脱出するためのものです。死ぬこともできずに同じ時間を繰り返すのでは堪らない、それゆえ、時間がループしていることを知ればほとんど誰もが脱出を目指します。
『All You Need is Kill』の世界において、ループにおいて記憶を継続させている=ゲームで言うプレイヤーの立場でいることによって何ができるかと言えば、経験を積んで戦闘能力を上げることです(肉体はリセットされても経験によって戦闘能力を上げられるというのがミソで、東氏はこれを、格闘ゲームにおいてプレイヤーの腕が習熟することの類比と見ています)。そして力を付け戦闘に勝利すれば、ループを脱出できるのです。
結局、ループする=プレイヤーの立場にあることによってできることと言えば、ループを脱出することだけです。

メタ物語的立場にあるからと言ってさほど良いことはなく、そこからの脱出を目指すことを余儀なくされている、それが現実。

そしてまた、彼女が死んでループを脱出しようと、ループして彼女の記憶がリセットされることになろうと、「この」彼女を失うことに変わりはありません。
「何が前提とされねばならないか」の最後で書いたように、恋愛とはそれぞれにただ一つである生と生との関係であるのですから、「自分だけがプレイヤーで周りは全てNPC」ということは、自分と同じ水準で固有の生を送っている「人間」はいないということ、絶対的な孤独の内にあって恋愛は不可能である、ということです。

他方、『Ever17』や『ひぐらしのなく頃に』でメタ物語的存在の介入が求められるのは、(紹介されている内容を読む限り)人の命に関わる悲劇を避けるためです。ここにおいて恋愛は後景に退かざるを得ないように思われます。
つまり、メタ物語的な立場にあることが「同じく固有の生を送る他者がいない」という孤独を含意する、ということは、いずれにせよ避けがたい事実であり、そのうえでその悲劇性を主題化するか、視界外に追いやってメタ物語的な地位を肯定的に描くかの違いなのではないか、とも思われるわけです。
(ただし『Ever17』に関しては、そうした問題――「プレイヤーが見る世界とキャラクターが見る世界に絶対的な差異があ」ることを自覚的に描いた上で、「そこで切り離された物語とメタ物語、キャラクターとプレイヤー、物語の内部と外部をふたたびシナリオの詐術で縫合しなお」し、最後には「[登場人物の]ココがモニタのこちら側に向かって『今、この瞬間、ココちゃんはきみのことを見ているのです』と話しかけるのを見ることになる」という構造になっていると評価されているわけで、これはこれで興味深いことですが(同書、pp.225-226))

付け加えるなら、『魔法少女まどか☆マギカ』の最終話でまどかが消滅し、誰からも認識され得ない存在となることも当然、この系譜の上に位置付けられることであり、しかも、そうしたネガティヴな面を直視した上でなお、そこから逃れて普通に世界内で生きるのではなく、メタ的(と言える)存在になることを決断した例であることが分かってきます。
さらに、『まどか☆マギカ』においては、まどかほどにメタ的存在にならなくとも、全ての魔法少女は社会的紐帯から疎外された孤独な存在です。さやかにおける恋愛の不可能性、ほむらにおける「違う時間を生きる」者の孤独……と、上記の問題がここに集約されて、まどかに繋がっていることもお分かりでしょう。
                           (芸術学4年T.Y.)

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Author:T.Y.
愛知県立芸術大学美術学部芸術学専攻卒業。
2012年4月より京都大学大学院。

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