オタクと形而上学(旧:山中芸大日記)
愛知県立芸術大学出身のある学生によるブログ。
Wヒロインとトリックスター――『昼も夜も、両手に悪女』
引っ越しの荷造り、先生より引き受けた仕事、それに卒業修了制作委員会の会計と仕事が重なって、そろそろどうなるやら分からない状況です。と言っても、今できることはこなしているはずですが、卒業式当日にしか片付かないこともあって、当日の慌しさの中でどうなるか分かりません。
まあ私の場合、式終了後の写真撮影等に引っ張られる時間は少なくて済むかも知れませんが。
そう言えば、紀要の発行は……去年は卒業式前日に連絡が来て、やはり卒業式ついでに受け取ってきましたねえ…
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さてライトノベルです。
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主人公の仁庄助(じん しょうすけ)は、ある月曜日の朝、可愛いけど妙な女の子・幡ヶ谷月夜(はたがや つくよ)(庄助と同じ高校で、同じく一年生)に問い詰められます。
何でも庄助が彼女にいきなりラブレターを出してきたとのことですが、庄助にその記憶はなく……なんと、庄助も月夜も、ともにこの一週間の記憶を失っているのでした。
他方、学校に投稿した庄助は、いきなり3年生の生徒会長・神谷日向(みたに ひなた)からアプローチされます。庄助は日向に告白したので、それをOKするというのですが、無論その記憶はなく……
この二人のヒロインが1巻の表紙を飾っていますが、黒服の月夜は晴れた日には(室内でも)傘を差し、雨の日には傘を差さない変わり者。とりわけ呪術に興味があり、二言目には「呪い殺すわよ」と口にするので、魔女などと言われています。
他方、日向は品行方正な生徒会長として知られる存在ですが…
物語が進むと、月夜は極端に人見知りするがゆえに妙な言動をするけれど、本当に呪う気はないし、お祖母ちゃんの面倒を見ている優しい子だということが分かってくる一方、この一週間の記憶を持っている日向には裏があり……
タイトルからして「両手に悪女」ですからね(とは言え、二人ともそこまで悪いというわけでもないのですが)。
小さく書かれている英語タイトルは「24 hours 7 days with a little devil and a witch」で、little devil(小悪魔)が日向を、witch(魔女)が月夜を指していますが、これまたよくマッチしていますね。
主人公が記憶を失って、しかもクラスメイトの藤森文子(ふじもり ふみこ)によれば、知らぬ間に先週と同じ行動を繰り返している――という、『ドグラ・マグラ』(夢野久作)のような状況で修羅場ラブコメが展開されます。
記憶喪失は学校の資料館に所蔵されている「モチェの仮面」の呪術によるものらしいのですが、そちらの解明が主眼ではなく、本当に仮面のせいなにか真相は不明ですし、主人公も記憶を取り戻しはしません。
ちなみに主人公は徹底してヘタレで、二人の女の子に振り回されてばかり、気を付けろと言われても日向に言い寄られると「そんなわけないよ」とあっさり丸め込まれてしまったり……
そうそう、二人の悪女(?)に劣らず存在感を発揮しているのが、上述のクラスメイト・藤森さん。
2巻では表紙を飾ります。
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北欧系の血を引く美女で、日本文学好きの文学少女。この高校に制服指定はないのですが、学校ではいつもセーラー服姿。成績優秀で学内の事情にも通じています。そして一人称は「ボク」。
僕は、自分の携帯を指差して、藤森さんに見せた。
「日曜日、藤森さんに僕がかけた電話のことなんだけど」
「そうだね、日曜日、君から電話をもらったよ。どうやら、もめ事に巻き込まれているようだったけど、残念ながらボクはお役に立てなかった。それだけだよ」
(鳥村居子『昼も夜も、両手に悪女』、小学館、2011、p.50)
はて……
・一人称「ボク(僕)」の女子、ただし外見は特にボーイッシュというではない
・口調も中性的
・知的でアドバイザー的役割
『涼宮ハルヒ』の佐々木タイプですね、これ。
『涼宮ハルヒの分裂』で佐々木が登場したのはもう5年前(2007年)になるわけですが、その後長らく続刊が途絶えていたこともあり、またやはり近年開始したシリーズ『お兄ちゃんだけ愛さえあれば関係ないよねっ』(鈴木大輔)でも同タイプを見たこともあって、最近新たに出てきたタイプのように感じていますが、はてさて……
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ちなみに、『お兄ちゃんだけど~』の猿渡銀兵衛春臣(さわたり ぎんべえ はるおみ)は3巻の表紙を飾る彼女↑ですが、1巻終盤までは電話でしか登場せず、この妙な名前もあって、1巻ラスト付近で姿を見せてようやく女子と判明する仕様でした(佐々木の登場もそれに近いものがありましたが)。
「まるで明治時代の書生さんみたい」(鈴木大輔『お兄ちゃんだけど愛さえあれば関係ないよねっ』、メディアファクトリー、2010、p.249)と評される「~たまえ」口調と言い、銀髪と言い、藤森はこっちにいっそう近いのかも知れません。
ただ、『お兄ちゃんだけど~』はキャラ同士の漫才主体のハーレムラブコメなので、銀兵衛もその一員として主人公に異性としての感情を見せる一人ですが、藤森はと言うと……
事態に興味を持ってはいるものの、肝心の修羅場では「ボクに電話をかけても無理なものは無理だよ」(『昼も夜も、両手に悪女』、p.259)と冷たいところも見せた彼女、本領発揮は2巻です。
月夜と日向に振り回され、しかも二人の仲はつねに険悪という事態に疲れ果てた庄助が愚痴のついでに「リセットしたい」と口走ってしまったところ、藤森はある策を渡してきます。ただ、半端な覚悟で使うなと釘は刺すのですが……結局、それに手を出してしまった庄助。翌日には、月夜も日向も、それどころかクラスの誰も、庄助のことを覚えていませんでした。
この作品ならでは展開ではありますが、これは……

「そうかな? どうか覚悟しておいてね。リスクなしで願いが叶うなんて都合のいい話、そうそうないんだよ?」
(鳥村居子『昼も夜も、両手に悪女』2巻、小学館、2012、p.39)
「軽い気持ちなら読まないほうがいいと言ったよね、ボクは」
藤森さんの言葉に何も言い返せない。
「ボクの言葉を受け止めて自分の中で考えるだけの脳味噌がないなら、最初からボクに頼むべきではなかったんだよ」
(同書、pp.57-58)
理知的なボクっ娘の中性的な喋りがキュウべえのそれに移行した瞬間でした。
藤森は第3の悪女、いや彼女こそ真の悪女ではあるまいか。
もっとも、説教めいた話もしていますけれど、(いくら両手に花の羨ましい状況とは言え)庄助の愚痴にもそれなりの正当性はあります。むしろ藤森は、自分も関わってきたことを無に帰したいなどと言われて機嫌を損ねてこういう手に出ただけのようです。
ヒロインとはケンカしても、トリックスターの機嫌を損ねてはいけないということでしょうか。
とは言え、二人と関係を築き直そうと必死になる庄助に、終盤は藤森も優しいところを見せますし、最後には三角関係をさらに引っ掻き回して二人のヒロインをも翻弄します。「文学少女参戦!!!!!」の帯はまさにその通りでした。
何だか作品の筋を追うより、作品を横断してテーマ(この場合はキャラ類型)を取り上げた方が書きやすいような気もしてきました。
(芸術学4年T.Y.)
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