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シリーズヒーローの漠然とした定義

23個あった段ボール箱の内、未開封なのは後7個。加えて、本棚に収まっていないで床置きとなっている本が半箱分ほどでしょうか。買っである本棚はほぼ一杯ですが、本棚まだもう一面壁が空いていますので、そこを埋めるくらい本棚を買い足せば結構余裕ができる計算になりますね。
引っ越しの段ボール箱は、空所にビニール袋を詰めていたのですが、箱を開ければそれは当然ゴミになります。
プラスチックゴミの袋がだいぶ溜まっていますが……先日出したばかりです(資源ゴミ(プラスチック)の回収は週一度)。
まあ、どう転んでも段ボール箱より多くなることはありませんが。

ようやく洗濯機と電子レンジが届きました。
ただし届いたのは夕方。夜に洗濯物を干すのも……まあ乾かないことはないでしょうし、浴室に乾燥機機能もありますが、何だか無駄な気がするので、ここ数日分の洗濯は明日に回すことに。
ただし、朝に電話で「夕方5~8時頃に届ける」と聞いていたので、そのまま出かけていました。が、4時頃にふたたび電話があって「これからお届けに参ります」と。慌てて「いえ、5時頃までは帰れません」と。
ちゃんと連絡していただけて良かった。

帰ってみると椅子も届いていました。本当に便利ですね宅配ボックス。
後は机ですね。これはいつ届くかまったく聞いていません。ひとまず段ボール箱を机代わりにすると、大分作業はしやすくなりましたが。

そんな風に家を空けて何をしていたかと言えば、映画『プリキュアオールスターズ NewStage みらいのともだち』を観て参りました。
毎年恒例の『プリキュアオールスターズ』ですが、実は観るのは初めてです。観ているのが『フレッシュ』からなので、分からないのではないかという懸念もあってのことです(もっとも、現役プリキュア単独映画も観ていませんけど)。
が、今年の『スマイル』でもう『フレッシュ』から数えて4作目。8年続いたプリキュアの半分は観ていることになります。ならば一興か、と。

すると何たる幸運(?)か、変身前の姿での出番(全員登場のラスト部分を除く)と台詞があったのは『フレッシュ』以来の4作品のメンバーのみでした。当然、変身と名乗りの文句を含む変身バンクもこの4作品メンバーのみです。ストーリーのメイン部分に関わるのは当代の『スマイル』と先代の『スイート』だけですね(ただし、マスコット妖精についてはその前の2作品のメンバーの出番も多く、特に『フレッシュ』のタルト(関西弁を喋るフェレット)がかなり目立っていました)。


(以下少々ネタバレあり)


ただし、この映画の主人公はむしろ、普通(=非変身ヒロイン)の坂上あゆみです。
成人男性ヒーローの登場する特撮ドラマでは「ヒーローと出会い、助けられたり勇気を貰ったりする少年」の役回りですが、それがヒーロー(というかヒロイン)のプリキュア達と同年代であると、だいぶ印象が変わってきます。
そしてある種そこから期待される通りに、彼女はクライマックスで新たなプリキュア・キュアエコーに変身します。
キュアミューズ曰く、「大切なものを守りたいって気持ちがあれば、女の子はみんなプリキュアなの」

さて、プリキュアは本来各作品別々の世界観ですが、オールスターズにおいてははスーパー戦隊のVSシリーズと同じく、特に説明なしに皆が一つの世界に揃います。
それぞれの作品世界において別の異世界が存在し、そこから妖精がやって来て、またプリキュアの存在理由や彼女たちがプリキュアに選ばれる理由も作品ごとに異なりますが、オールスターズではその辺りは捨象され、皆がまとめて「伝説の戦士プリキュア」として扱われます。

いずれの作品における設定とも違う形で、明確な説明なしに(しかし、ある意味で全ての作品に共通している精神論的な設定は踏まえて)普通の女の子と思われた人物が変身してしまうというのは、こうした『オールスターズ』の状況を非常に的確に反映していると言えるでしょう。
「全てのプリキュアの共通する明確な枠組み」がなくとも全てが「プリキュア」と呼ばれる以上、また今までのいずれの枠組みにも属さないプリキュアが生まれて良い、というわけです。


ここで思い出すのは、またも『仮面ライダーディケイド』のことです。
平成「仮面ライダー」シリーズの設定はプリキュアよりもさらに多様で、変身によって身体が変化していることもあれば強化服を纏っただけということもありますし、変身能力は体質的なものであることもあれば、他人に譲渡可能な装備であることもあります。
しかしそれでも、そうした一義的には規定できないものが皆「仮面ライダー」と呼ばれている。視聴者も「そういうものか」と思って観ています。

ところが、ディケイドは後半「シンケンジャーの世界」にも訪れ、侍戦隊シンケンジャーと共演します。
そしてこの「シンケンジャーの世界」は当然のように「ライダーのいない世界」と呼ばれているのです。

しかしながら、よく考えてみると、なぜシンケンジャーはライダーではないのでしょうか。
6人揃っている? しかしライダーも複数いる場合がありました。
「仮面ライダー」と呼ばれていない? たしかにディケイド達は「この世界の仮面ライダー」云々と言いますが、その作品世界の人物が「ライダー」の言葉を使っているとは限りませんでした。
「全身タイツとフルフェイスヘルメット」というデザインは違う? まあ違うと言えば違いますが、ライダーのデザインも実に多様な中でどう区別するのかというと、事は結構微妙です。

もちろん、「番組名が『仮面ライダー』ではない」ということを知っている視聴者にとってはそれが十分な答えなのですが、「ここは何の世界だ」と聞かされていないディケイドの立場から見ると、これと明示できる理由があるとは言い切れないのです。

哲学的にはヴィトゲンシュタイン「家族的類似性」という概念が思い起こされるところです。つまり、家族は互いに似ているが、「家族全員に共通する本質」があるわけではない。AとBはある点で似ており、BとCは別の点で似ているが、AとCはもはや似ておらず、それでもA、B、Cは家族であるということもある、というわけです。
しかし、ここでのポイントは、「似ていても家族でない奴もいる」ということです。
もちろんやはり「しかじかの性質を持たない者は家族ではない」というような本質はない、とは言えるでしょうが、ただ「そこに属する者を規定すること」と「そこに属さない者を規定すること」は多分、対称ではないように思われます。現段階では十分な説明は難しいのですが。

仮面ライダーの場合も、敵のライダー等まで含めると、「あれもライダーに数えられるの?」という微妙なものもあります。他方で、似ていても「まかり間違ってもライダーではない」ものもあるのです。


そう言えば、そもそも『ウルトラマン』と『ウルトラセブン』も当初は別物でした。『帰ってきたウルトラマン』で繋がってしまったわけですが。

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問題:バンキッドは戦隊なのかライダーなのか

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Author:T.Y.
愛知県立芸術大学美術学部芸術学専攻卒業。
2012年4月より京都大学大学院。

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