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パロディのための描写法

名古屋では多くのスーパーで、特に「レジ袋を下さい」と言わないと袋は貰えないようになっていたのですが、京都ではまだ(少なくとも近所の店では)「レジ袋不要です」の札を出さないと袋が付いてきます。お陰でこの札を出すのをよく忘れます。
まあ、袋があれば使い道はあるのですが。

 ~~~

アニメ『這いよれ!ニャル子さん』の第3話がニコニコチャンネルでも配信されました。

…原作の1巻を2話で片付けた時も早いと思いましたが、今回はさらに早く、2巻の内容が第3話1回で終了ですか。原作では新たに仲間に加わったクー子ともども幻夢境(これはクトゥルー原典の用語)に行って戦う話だったのが、幻夢境に行くこともなく敵のニャル夫は誰も気付かない内にやられてしまうという、ほぼ別物の話でした。
さらに予告では3巻を飛ばして次は4巻の話のようで、メインメンバー(ニャル子、クー子、ハス太、ルーヒー)を早く揃えることを重視しているようですね。

まあ、原作小説は基本的には真尋の視点で書かれているわけで(たまに視点が移動することもありますけれど)、敵も真尋の前で(しょうもない)目的を語った上で倒されるというのが基本なわけで、「真尋も気付かない内にどさどさで倒されてしまう」というのはアニメならではの演出ではあります。
ストーリーもキャラも大きく印象が変わってしまうので、どちらが好きかは分かれるところかも知れませんが、媒体の違いを考えた一つの扱い方、とも言えるでしょう。

まあ、原作では「ニャル子に復讐するため幻夢境の神々を殺して、ニャル子が乗り込んでくるのを待ち受けていた」はずのニャル夫が、アニメではこっちに出て来てニャル子を付け回し、そのままやられているので、なぜ幻夢境の神々を殺したのか分からないのは小さくない問題ですけれど…

他方で、メインのストーリーに関わるネタもこんな扱いができ、全体の駆け足でネタが縮減されているのはもちろんのこと、小ネタも画面の端々に挟み込んだりできるものですから、ずいぶんツッコむ場面が減っている気もします。
いや、ツッコミの入れられる場面ですらそうです。
たとえばニャル子が「ちょっとくすぐったいですよ。なに、痛みは一瞬です」と言って味方を変身させるのは『仮面ライダーディケイド』ネタですが、ディケイドとディエンドの台詞を合わせたために、

「くすぐったいのか痛いのかどっちかにしてやれよ」
 (逢空万太『這いよれ!ニャル子さん』2巻、ソフトバンククリエイティブ、2009、p.225)


という状況です。
アニメではこのネタをちゃんとやりながら、ツッコミはなし。
普段の台詞からネタばかりのニャル子の「ウザさ」と、冷徹で過激な真尋のツッコミ、両者の「キャラ立ち」が犠牲にされている感はなきにしもあらず。まあ、まだ評価はどちらにも転びうるところと思いますが。

さらに考えると、毎回の敵の動機は例外なく私利私欲に関わるくだらないものですが、そのためにやっていることは真尋たち個人を狙うだけのこともありますし、地球の危機に繋がるようなものであることもあります。
敵の目標がそのまま地球の危機に繋がる内容であったのが3巻と7巻、副産物として地球の危機に繋がるところだったのが2巻と5巻なんですね(8巻では地球を除く宇宙が危機に)。
2巻に当たる第3話でもニャル夫の犯罪が地球人にとっていかなる危機なのかは触れられませんでしたし、地球の危機に皆で立ち向かう話は後半に回して、先にメインメンバー各自にスポットが当たる話ということなのでしょうか。すると4巻の次はクー子メインの6巻か、ハス太・ルーヒーメインの8巻か…

 ―――

ところで、『ニャル子さん』を「クトゥルーのパロディ物」と言うことには、どうも違和感があるのですね。
クトゥルー以外にもパロディネタは多く、全体の内でクトゥルーネタの占めるのは一部で、むしろ仮面ライダーネタの方が多いでしょう。
しかし何より、クトゥルーとそれ以外の多くでは、扱い方が違うのです。
まず、真尋自身がかなりのクトゥルーオタクで、クトゥルーについては明確な説明があります。そしてラヴクラフトやダーレスといった作家たちは、かつて実際に地球にやって来た邪神(=宇宙人)と出会い、それを小説として書いたのだという設定です。
しかも、ラヴクラフトたちが描いたのはその種族の特性ではなく、地球にやって来た一個体の特性に過ぎなかった、という設定にされることもあります。
しかも「クトゥルー神話」原典そのものが複数の作家の手によるものでもあり、必ずしも設定が一貫していないことも計算の上です。

 いまいちこの珍獣の戦闘力というものが分からない。ナイトゴーントに負けたかと思ったら邪神戦争の決戦兵器に勝ってしまうとか。もっとも、作品ごとに邪神の戦闘力が違うのがクトゥルー神話群というものなのだが。
 (逢空万太『這いよれ!ニャル子さん』6巻、ソフトバンククリエイティブ、2010、p.215)


ですから、「クトゥルー神話原典と全然違う」ことをネタにしつつ、場合によっては逆に「え、何でそこだけ原典準拠なの?」(9巻、p.101)というツッコミも可能で、しかもそれでいて「原典の解釈として絶対にナシとは言い切れない」よう、なかなか上手く作られた設定になっているのです。

これに対し、作中に登場する他のほとんどのパロディネタは、知らない人にはネタとすら気付かれないように書かれています。例えば、以前に引用した『ドラゴンボール』ネタの場合、『ドラゴンボール』を知らない人にスカウターの形状を伝えるように、実に淡々と描写しています。

大塚英志氏は、現実を描写する「自然主義的リアリズム」に対するものとして「アニメ・まんが的リアリズム」の概念を提唱しました。東浩紀氏はたとえば『涼宮ハルヒの憂鬱』の長門有希の初登場シーンにおける「身も蓋もない言い方をすれば、早い話がいわゆる神秘的な無表情系ってやつ」といった描写を取り上げ、以下のように述べています。

(……)キャラクターを直接に描写するものではないが、それぞれの段落において、読者を作品世界のなかに引きこむために決定的な役割を果たしている。それらの文章は、登場したばかりのキャラクターが今後どのような行動を行い、どのような性格を示すことになるのか、作家が読者の想像力を先読みし、しかもその先読みを読者に伝えることで、作家あるいは語り手と読者のあいだに一種の共犯関係を作りだすために配置されている。つまり、谷川はここで、直接に登場人物を描写するだけでなく、描写とキャラクターのデータベースのあいだで稼動的な対話を行い、その結果そのものを文章のなかに組み入れて描写を完結させているのである。(……)
 言うまでもなく、そのような仮想的な対話は、作者と読者がキャラクターのデータベースをあるていど共有し、かつ読者によってその存在が意識されていなければ、まったく機能しない。本書の読者のなかには、引用箇所を読み、戸惑いしか感じなかったひとも多いのではないかと思う。
 (東浩紀『ゲーム的リアリズムの誕生 動物化するポストモダン2』、講談社現代新書、2007、p.43-44)


しかし、個別の事柄を扱ったパロディはキャラクターの類型よりもさらに範囲の“狭い”もので、それを共有していることを前提とするような描写をすれば、急に排他的な“内輪”の雰囲気を生じさせることになるでしょう。
『ニャル子さん』において実写作品である『仮面ライダー』のネタが多く、しかも現実に玩具が存在するものをしばしば出してくるのは示唆的なことに思われます。作品のコードに頼るのではなく、現実のものを描写するような語り口を用いるのは、ネタを知らない人に対しても作品を開かれたものにするための重要なテクニックなのです。

『ニャル子さん』のネタをほとんど全て分かっている人などというものがいるのかどうか分かりませんし、3割~半分くらいしか分からない人も多いでしょうが、別に読むに当たっては問題ありません。これはやはり技量のなせる業です。

元ネタを知っていればおかしく、知らなければ気にせず流せる、これは理想的なパロディです。
他方でクトゥルーに関しては、パロディとも言えますが、ネタ元と言うべきか、あるいは極端な変化球の解釈と言うべきか……

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まとめteみた.【パロディのための描写法】

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