オタクと形而上学(旧:山中芸大日記)
愛知県立芸術大学出身のある学生によるブログ。
先日のオフレコ分
それから、「続く」と言っておいて続いていない話題がいくつかありますが、忘れてはいないつもりです。次から次へと別のことを書いてしまうので困りますが。
(先日の記事の補足+裏です)
本当にこの件に関しては、あれは私の考える「学生側の心構え」で、先生に文句を言うつもりは毛頭ありません。
僭越ながら勝手な憶測をもう1つ付け加えて言わせていただけば、先生は過去に指導した学生(つまり私達の先輩)についても「あれで良かったのだろうか」と思い続けているように感じます。それは「先生」たるものの正当な悩みでしょう。
さらに、もっと以前にこんな話もありました。かつての大学では入学後2年間は教養課程のところ、本学は早くから専門にかかれますし、さらに早い内から何を専門にするか絞り込んでいる学生が多いものですから、「京大なんかの学生と比べても卒論の出来はいい」というのです。ただ、その後に先生は付け加えて、さらっとこう言いました
「すぐ抜かれるんですけどね」
この話をどう受け取ればいいのか、私には今もって分かりません。
「卒論の出来が良い」のは良いことでしょうか? 研究者等専門職を目指すなら修士・博士課程終了時点での出来の方が問題になるでしょうし、一般に就職するのならなおさら「卒論の出来」なんて問題にされないでしょう。(いえ、早ければ学部生の内から注目を浴びるということもあり得ますし、最終的に「抜かれる」のが博士課程くらいまで先送りにできれば、専門職へと就職で有利になる場面はあるのかも知れません)
そして「抜かれる」のか何故でしょうか? やはり長い目で見れば向こうのカリキュラムの方が良いのか? カリキュラム以外の環境の問題か? 京大生は元々優秀だからか? 他に何かあるのか? ここが何とも言えない以上、2重3重の意味で現状が「良い」か「悪い」かを言うのは非常に難しいんですが、やはり「学ぶべきことは何か?」という問題がどうしても見えます。
(先生の発言に関する責任は私の記憶に帰属します)
(芸術学2年 T.Y.)
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