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困難な他者論、ふたたび

過去2回の記事は立て続けに「他者なき生の孤独」という問題を扱ったことになりますが、さてどれほどアプローチできたかは何とも心もとありません。
一つ注記しておくとすれば、これは必ずしも「他者をないがしろにしてはならない」という倫理的な命令の話ではないということです。
そのような命令はそもそも、「他者」が何らかの形で(※)「リアルなもの」として存在していなければ意味をなさないのではないか、と思われるからです。
その意味でこれは、命令以前にまず、そのような倫理的命令を可能にする条件の話です。

※ 「何らかの形で」という微妙な言い方をするのは、「他者」がいかなる意味、いかなる形で「存在」しているのかということこそ、他者論の大問題だからです。中には「リアル」だとか「存在」だとかいう表現そのものを好まない立場もあります。
もっとも、そのような立場が主張するのは多くの場合あくまで、「他者」の存在の仕方は「客観的な」存在や「もの」とは違う、ということなのですが。

これは、以前の『紫色のクオリア』についてもある程度は言えることです。
『紫色のクオリア』には確かに、以下のような記述があります。

(……)あたしの邪魔をしていたものなど存在せず、むしろ、これまであたしがしてきたことこそゆかりへのただの押しつけで――
 ゆかりの運命は、だれでもない、ゆかり本人だけのもの。
 それを他人が変更しようとするのは、傲慢な冒瀆でしかない。
 でもそれこそが、あたしのしようとしていたことで――
 ああ、そうか、と、あらためて、いまさらながら、思う。
 ――あたしが間違えていたのは、そこだったのか。
 あたしは自分の思いを、押しつけていただけだったのか。
 ゆかりのためだといいながら、そのくせゆかりの気持ちを無視して、ゆかりのため、というのを言い訳にして――
 あたしはあたし自分が向き合うべき、自分の運命から逃げていた。
 ゆかりを助けられない、という現実から。
 自分という、あまりに無力な現実から――
 (うえお久光『紫色のクオリア』、アスキー・メディアワークス、2009、pp.285-286)


ここから「他者を尊重すべし」という説教を引き出すことは難しくありません。
しかし、この作品で描かれていたのは、教訓以前にまず、自分が決して到達できない他者の存在という端的な現実――それは裏返せば、他者に対する自分の無力、「自分という、あまりに無力な現実」でもあります――だったのではないでしょうか(これは「他者のためにできることがない」という、倫理的にはネガティヴな意味にも転じ得るでしょう)。
さらに言えば、「他者を尊重する」ことと、その「気持ち」を汲むこととの間には、すでに微妙な開きがある可能性があります。

絶対的な他者の存在を描いた『紫色のクオリア』と、周りが全て「リセット可能」となる他者の不在を描いた『All You Need Is Kill』はむろん、対照的ですが、他者があまりにも自分にとって「遠い」がゆえに無きに等しくなる可能性はないのかと考えてみると、両者は紙一重とも考えられます(実際、両作品ともループ物です)。

さて、他者なき生――誰かと一緒にいても、他人が限りなく遠く感じられる孤独の感情がどれほど切実なものかと言えば、もちろん疑問の余地はあります。ある程度は真に迫った事実だとしても、フィクションはそこを誇張するものです。あまり心配するのは杞憂かも知れません。
しかし、現実がどれだけ危機的かは別問題としまして……孤独からいかにして他者に、そして共同性に至るか、道遠し

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Author:T.Y.
愛知県立芸術大学美術学部芸術学専攻卒業。
2012年4月より京都大学大学院。

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