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日常を回復する「治療」――『も女会の不適切な日常2』

学会で母が京都に来ていたので、夕食にだけ同行してきました。ついでに多少の届け物も受け取り(こうした機会がなければ郵便で送ってもらうところでしたが)。
もっとも、時間がないのはそれでというより、他のことも色々やりつつ感想を書くべきライトノベルをやっとのことで読み終えたところだから、というのもありますが……

そんなわけでライトノベル新刊です。

も女会の不適切な日常2 (ファミ通文庫)も女会の不適切な日常2 (ファミ通文庫)
(2012/05/30)
海冬レイジ

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以下、1巻の内容から2巻の核心部までネタバレ多々あり。1巻についてはこちら




(前巻のおさらい)
日常系と見せておいて「否日常」へと展開する本作は、美少女断ちに振り回されて苦労しつつも主人公が実は「リア充」であったこと、しかしその日常は陰惨さを裏に秘めた危ういものであったこと、そしてさらにはその陰惨さすら構築された幻像であったことを次々と見せていきました。
それはまさしく、「抑圧された辛い記憶」すらも偽記憶であることを露呈していく臨床過程のようなものでした。

これは批評的に見るなら、「日常系はドラマとしての盛り上がりに欠けている」という常識的なドラマツルギーを求める見方も、「オタク達は現実で満たされないから、埋め合わせとして日常系を読んでいる」といったステロタイプな見解も、ともに相対化します。「満たされない現実」――つまり「日常の裏の陰惨さ」――そのものが作話であるかも知れないのです(実際、そうした限定された経験的事実に訴えるやり方が、広い層に訴える作品の訴求力をどこまで説明できるでしょうか)。

そして、主人公の廻は元通りのメンバーによる――しかも今度こそ平和な――日常に帰ってきますが、彼は同時に、その日常が巨大な喪失――最も大切な少女を喪ったこと――の上にあることを知ってしまっています。それにより、日常はすっかり意味を変えてしまうことになります――「でも、僕が心から楽しめる日は、もうこない」
現実の意味の多層性を比類ない仕方で描きだした作品でした。

しかし同時に、この作品に続編があるならば、普通のSFサスペンスになってしまうのではないか、という危惧もありました(そのことで作品の決定的な価値が失われはしないとしても)。
そもそも、出発点にあった喪失――すなわち彼女が「アイ・ド・ラ」となったこともまた何者かの「悪意」によるものであるなら、それを突き止めて何とかするというのは、曰く言いがたい「傷」のようなものを実体化して取り除くという、言ってしまえば平凡なイメージに陥ってしまう可能性もありました。
実際、2巻の前半はそうした、普通のサスペンス的な印象もありました。が、おそらくはそれに留まらないイメージを見せてもらえたかと思います。


1巻の時の記事で触れなかった点を確認しておきましょう。「アッパーグラス」において「アイ・ド・ラ」を名乗った美少女は、廻の幼馴染である十和田愛(とわだ あい)でした。本来、廻はもっぱら彼女と二人きりの高校生活を過ごしていたのですが、しかし愛は何者かの干渉によって小学校時代に死ぬよう「改変」され、かくして廻は高校では「も女会」に入れられて、徐々に愛を喪ったダメージからも立ち直り、「ちだね先輩」こと千草エスニカを好きになったのでした。
全ての陰惨な事態は、自分を忘れて「も女会」で楽しくやっている廻を見て、愛の嫉妬から干渉して起こしたものでした。

ところが2巻は、「も女会」に愛がいる、という衝撃の状況から始まります。
確かに、ひとたび生き返って「アッパーグラス」を離れた主人公は自分から「アッパーグラス」に関わりに行くことはできませんから、向こうから何かを起こしてくるのを待つしかないのですが……一体これは何者の干渉によって、いかなる意図で引き起こされたものなのか…
そんな中、大雪で学校に閉じこめられるという事態が発生し、そこでサイコホラー風の事件が起こります。
例によって誰が犯人か被害者か、敵か味方か、事態は二転三転し複雑な様相を見せますし、また何箇所かで差し挟まれる廻以外の視点への交代がトリックとしても効いていますが、それを逐一追おうとは思いません。

まず、この巻で大きくスポットが当たるのは「ユーリ」――廻の従妹にして義妹の須唐座有理です。
もともとの愛がいた世界で、愛のことしか見えていない廻に気持ちも気付いてもらえず、傷付き、そしてその償いとしてデートに漕ぎ着けていた有理の姿が描かれます。そんな有理の嫉妬が今回の事件を引き起こした――かとも見えたのですが……

その中で、愛を小学校時代に死なせ、アッパーグラスへと連れ去った黒幕――「パン・ド・ラ」が登場します。
カラー口絵で、例によってフランシス・ベーコンの言葉とともに出てくる本文中の台詞を引いておきましょうか。

パン・ド・ラは言った。
「ねえ、愛? 君はあんなふうに受け入れてもらえると本気で思っていたのかい?」
 (海冬レイジ『も女会の不適切な日常2』、エンターブレイン、2012、カラー口絵)


そう、一度「アイ・ド・ラ」として「も女会」に陰惨な事態を引き起こした愛が「楽しい日常」に受け入れられるはずもなく、衝突が新たな事件を起こす――かと思いきや、事態はさらにもう一転。

 別の誰かは、愛のことを魔女なんて言ってたけど、あたしはそうは思わない。
 だって、愛が混ざってる〈も女会〉も――

 そんなに、悪くなかったからね。
 (同書、p.238)


「あたしたちは、あんたを受け入れるよ」
 (同書、p.241)


しかし他方で、最初に愛が死ぬことになった改変の「その前」の真相が明らかになります。パン・ド・ラはなぜ愛を「アッパーグラス」に連れ去ったのか――

「高校生になった十和田愛は、君と幸せに過ごしていたんだからね。僕は彼女の幸福を心から喜んで、陰ながら応援していたんだ。でも――」
 静謐な口調。それは僕をひどく不安にさせる。
「彼女の魂がずたずたに引き裂かれてしまったから――だから、僕は彼女を引き取った。彼女を救うためには、そうするしかなかった」
「救う……ために……? ずたずた……に……?」
「可哀相に、愛は自ら車輪の下に飛び込んでしまった」
 耳にしたことが信じられず、僕は思わず身を起こした。
 激痛を上回るほどの激情が、僕を衝き動かす。
「愛が自殺だって……!? そんな……どうして!」
「ただひとり味方だと信じていた――彼女にとって『世界そのもの』だった男の子に、裏切られてしまったからだよ」
 (……)

「君が愛を殺した――と言ってるんだよ」
 (同書、p.259-260)


そう、廻と有理のデートを見てしまった愛は――

有理は愛を受け入れたのに対し、普段は強気な愛こそが廻に全面的に依存し、失うことに耐えられなかった――この辺の関係も『僕は友達が少ない』の星奈と夜空を思わせるところがありますが、それはひとまず置いておきましょう。
事態の元凶を「敵」として実体化し、それを倒して終わらせるのではなく、出発点が主人公自身に帰って来るというのは、この物語を続けるに当たっての上手い選択であったと言って良いでしょう。
結局、問題は、自分が向き合うべき現実といかに折り合いを付けていくか、ということになります。

他方で、「アッパーグラス」から3次元には干渉可能ですが、「アッパーグラス」そのものには干渉できないという理由により、アッパーグラスでの記憶は「なかったこと」にはならず、ここで共闘した有理はラストで記憶を残すことになります。
作者もあとがきで書いている通り、今回は「仲間」というのが一つのポイントになっています。「仲間と力を合わせる」というのは、「セカイ系」的な自閉的傾向を脱するために重要な意味を持つことですが、同時に本作の場合、「〈アッパーグラス〉を経由してきた主人公にとってのみ、現実が全くその意味を変えてしまう」という前巻ラストの構図が崩れ、次元を変えようと結局、普通に「皆で戦う」話になってしまう惧れもあります。
ですが、今後は「なかったことにはできないこと」の存在が重要な意味を持ってくるかも知れません。
事態がまさしく「トラウマ」のごときものであるとすれば、「治療」に当たるのは何かを「取り除く」、つまり「なかったことにする」ことなのかどうか、それが「日常の回復」なのか、ということが問われるからです。

実際、ラストはひとまずハッピーエンドとなりますが、黒幕であるパン・ド・ラが諦めていないこともあり、戦いはまだ続くことを示唆して2巻は終わりますが、しかし本文は最後、以下のように締められます。

 このおいしすぎる世界を破壊してしまうのは、実に忍びないけれど。
 でもこれは、かりそめの、間違った日常にすぎないから。
 だから、やっぱり僕は否定する。

 僕たちの不適切な日常を。
 (同書、p.310)


たとえパン・ド・ラの次なる干渉がなくとも、廻はこの日常を「否定」されるべきものと見ています。
おそらくはやはり、なかったことにして誤魔化して片付けるのは、本当の解決でないという想いがあるから――

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Author:T.Y.
愛知県立芸術大学美術学部芸術学専攻卒業。
2012年4月より京都大学大学院。

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