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大人とはこういうもの――『好敵手オンリーワン2』

暑くなってきました。
今からエアコンを入れるのもどうかと思ってまだ入れていませんが、昼間は水が生命線です。

 ~~~

さて、ようやく『好敵手オンリーワン』の新巻(2巻)の話としましょう。

好敵手オンリーワン2 (講談社ラノベ文庫)好敵手オンリーワン2 (講談社ラノベ文庫)
(2012/06/01)
至道 流星

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一部新たなビジネスに乗り出す話も出てきますが、決してそれがこの2巻を通しての主題というわけではなく、そうそうトントン拍子に事業が展開していくというわけにもいきません。むしろメインは主人公と二人のヒロイン、それに後輩の女の子・を加えた男女関係と将来のことです。
そう、いささか珍しいことに主人公とヒロイン二人は高校3年生、ということは進路指導の問題が登場します(それゆえにこそ、卒業後のことを考えず学生のドラマに徹するつもりなら、普通は3年生に設定はされません)。
もちろん、3人ともこれだけ非凡ならどこの社会に出してもやっていけるだろうし、そもそもすでに店舗経営までやっているじゃないか、とは誰でも思うところですが、しかし必ずしもずっと続けていくつもりで始めた仕事でもありませんからねぇ(それで店舗を始めてしまうというのが普通じゃないところですが…)。
が、いずれにせよやはり、働いた経験は大きいものです。

「事情があって、数日だけお店の転調をやってみたんです。かなり大変だったんですけど、終わってみれば充実してたっていうか、こうやって社会って成り立ってるんだなって実感が得られたっていうか……とにかく自分の考えにプラスになったことは事実ですね」
 (至道流星『好敵手オンリーワン2』、講談社、2012、pp.187-188)


とりあえず働いてみて分かることがある。

この辺、入学早々に仕事を始めて、早い内に学校に行く必要もなくなってしまった『羽月莉音の帝国』と違って、やはり社会に漕ぎ出していく少年少女の手探りの歩みを描く物語のようです。

勝気だけれど恋愛感情については素直じゃないヒロイン二人と鈍感な主人公の取り合わせはいかにもライトノベル的定型で、実際、単にラブコメとしては至道氏の書くものをそれほどいいとは思わないのですが、ただこの巻で1巻よりは明らかにキャラ像は深まった印象です。
1巻ではいきなり建物の増築という大作業から始まって、しかもヒロイン二人が共に飲食店を始めるという構成上、(文中で言われているのと違って)二人揃って強気で大胆な印象が目立ちましたが、将来を考えたり、悩んだりする姿においては二人の対照がよりはっきりと見えてきます(同時に、張り合う気持ちの強さでは似た者同士であることも、今更ながら作中ではっきりと指摘されますが)。

他方で、主人公の孝一郎が鈍感なのは、一つには彼が自分の非凡さにまったく気付いていないということです。
子供の頃から家計を切り盛りし、今では両隣の弥生と水貴の分まで家事と家系を引き受けてきた彼が、料理など家事のスキルはもちろんのこと、「基本をきちんとやる」「危険なことを見極める」能力、そして「いざという時の胆力」を備えていることは1巻で描かれたとおりですが、これはまさに責任を持つようになれば必要なもの、「大人」の要件そのものに他なりません(それゆえ、アルバイトの女の子たちが――年上の大学生でさえ――彼を「大人」な印象だと評するのは的確です)。
しかし、こうした能力は測定の対象にはなりません。

「でもさ、誤解が多いんじゃないかと思うよ……。俺なんか大して能力があるわけじゃない。弥生や水貴に比べたら、俺はなんて無力なヤツなんだっていつも悩んでるよ。本当だ。あの二人がちょっと凄すぎてさ」
 (同書、P.70)


結局彼は、終始「弥生や水貴と比べて」自分を過小評価し、対して「あの二人なら、どんなに優れた男だって捕まえられるはずなのだ。俺ごときが恋愛対象になっていいわけがない」(同書、p.64)と、弥生や水貴には“客観的に”もっといい相手が見付かるはずだ、と考えます。
この比較考量こそ、恋愛からもっとも遠いものです。
『羽月莉音の帝国』でもそうでした。

「巳継は私のこと……どう思ってる?」
「どう……って?」
「お、女の子としてどうなんだろうなって」
 沙織は上目づかいで俺をうかがうように見つめてきた。
 俺は沙織の期待に応えようと、できるだけ正確に分析してみる。
「うーん、正直、沙織ほどの美貌の持ち主はお目にかかったことがない。ネット界のカリスマみたいな感じもいいけど、沙織さえ望めば、どんなステージにだって立てるんじゃないな?」
「ステージ?」
「ドラマに出たりとか、テレビCMに出たりとか、歌手になったりとか……まだまだ色々あるな。なんだってできるはずだ」
「あっ、あのね巳継、私、そういうのぜんぜん興味なくて……。女の子としてどうかっていうのは、そういうことじゃなくてね……」
 (至道流星『羽月莉音の帝国』1巻、小学館、2010、pp.262-264)


『帝国』序盤のラブコメはあまり面白くないのですが、ただこうした定番の“鈍感”主人公の描写も、この時すでに巳継が革命部の経理関係でもそれなりの仕事をしていることを考えると、彼の「会計的」能力が現れているとも取れます(しかも巳継は、沙織を可愛いと言ったりデートしたりすることにはほとんど躊躇いがありません)。
しかし女は、(たとえ世界一と言われようと)他と比較してどうかではなく、唯一の存在としての自分を見て欲しい。それゆえに「会計的」に考えてしまう男とのすれ違い――

ついでながら、『帝国』の登場人物では、数学の天才でプログラマーとして活躍しますが、彼女は金銭感覚がまったくなく、何兆円単位の仕事をするようになっても千円単位の缶ジュース販売の仕事を大切にし続けています。
興味深いのは7億4000万円の役員報酬を受け取った場面です。

「なんだかゼロがいっぱいですねー」
 ほんわかした口調で柚さんは言った。柚さん的には金額の多さより、ゼロがいっぱいの方が重要なようだ。どうも柚さんは、俺たち凡人の思考方法と異なる、何らかの別の方法で物理法則を理解しているらしかった。
 (同書、p.346)


天然で社会常識皆無な柚のキャラはいかにもライトノベル的にカリカチュアライズされたものではありますが、これは極端ではあってもある意味で数学者という人種の思考習慣を捉えた描写のように思われます。
つまり、お金は純粋に量的であって、単位が同じでちゃんと「使える」お金であれば皆同じ、量の大小が全てのものですが、数学者は数そのものに独自の質を見て取るため、かえって量的な思考をしないのです(実際、数学者の多くは計算が得意でないという証言は実に多いです)。
そういう意味で、一見定型的なキャラ像(たとえば「天然キャラ」)が実は能力設定と有機的に組み合わさっていて、その辺が至道氏の設定能力の優れたところではないかと見ています。だからこそ、――「キャラ」はテキストや文脈から独立して、単独で存在感を示すものだ、という今や批評でもお馴染みの説に反して――中身は何も変わっていないのに印象を180度変える、恒太のような名キャラを生み出すことが可能になったのです。

実際、ライトノベルは基本的に1巻でキャラや設定を伝え、読者にアピールせねばならないというのが基本ですが、至道氏はブログでも、そうした常識を承知の上で「全体を通してでないとストーリーやキャラの像がわからない」というやり方を採用していることを明言し、しかもそれを今後も続けていく旨の発言をしています。
業界の常識にそれなりの意味があること、そもそも最初で成功しておかなければ、潰れたら続きはないことを経営者である至道氏が知らないはずはありません。それでいてそうしたやり方を主張するというのは、独立した単位のようなものとして「キャラ」があり、それが動くことで物語が成り立つ、という現代サブカル批評でお馴染みの言説とは異なる「ストーリーやキャラ」についての洞察を氏が持っているためではないか、と思われるのです。

さて『好敵手オンリーワン』に戻ると、孝一郎が弥生と水貴を異性として見ていないわけでないことは、1巻でもちゃんと描写されていました。ただ2巻では、つとめてそれを考えず、家族愛として済ませようとしているらしいことがはっきりしてきます。

(……)俺たちは家族であって、兄弟姉妹のような関係だ。普通の男女のような一過性の恋などというようなものでは語れない。もっと末永い肉親に対するような愛情を持っている。少なくとも俺は、それ以上のことは考えないように努めていた。
 (『好敵手オンリーワン2』、p.63)


もちろんこれは、上記の自己評価ゆえに、自分では二人に相応しくない、と思えばこそかも知れませんが。
さらに――

 しかしだ……俺たちはいずれ、別れるときが来る。別々の道を選ぶべきときに来ているのに、いつまでもこの三人の関係に甘えてばかりはいられない。昨晩の喧嘩は、俺たちが甘えあっている証拠だ。
 だからここは心を鬼にしてでも、彼女らと一線を引くように努めるべきだった。それが俺のためでもあり、弥生と水貴のためでもある。
 (同書、p.166)


普通なら、「家族のように」思っている方がその家族的関係に甘えがちですが、孝一郎は家族と思えばこそ、「いずれ別れる」ことまで考えて、突き放そうとします。これはほとんど親のような厳しさです。
ですから、ラブコメにおいては泣いた女の子を男が追いかけて謝り、慰めるのが定番ですが、子供が泣いたからといって追いかけて謝る親はいません。
しかも、これは孝一郎の「大人」な人格と一体のことです。
もちろん、最後までその調子ということはなく、この巻でははっきりとした進展が見られますが、しかし三人の恋愛関係にはまずそうした問題があることがはっきりと見えてきます。

早々と大人になりすぎると大変なこともある。

やたらと勝気で横暴だったヒロイン二人もさすがにしおらしく可愛いところを見せますし、後輩の楓もいい子ですし、何よりこうしたキャラ像や事情が掘り下げられてくる過程として見れば、なかなか楽しめるものでした。

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プロフィール

T.Y.

Author:T.Y.
愛知県立芸術大学美術学部芸術学専攻卒業。
2012年4月より京都大学大学院。

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